episode 47『夜明けのブルー』

 その部屋では熱帯魚の水槽の匂いがしていたのを覚えている。

 微かな匂いを頼りに記憶をたぐり寄せる。思い出したいのは部屋で聞かせられた不思議な物語。初めの一節でも呼び起こすができれば、再び部屋にたどり着く手がかりになるかもしれない。

 いつも漂っていたのは、水を替えたばかりの水槽の清浄な匂い。少しでも近づけようとまめに水槽の掃除をする。

 部屋には本棚が並んでいた。本棚は本の大きさで分類されていて、ジャンルの違う本が一緒に並んでいた。部屋は薄暗く、ライトアップされた水槽が照明を兼ねていた。水槽の明かりでよく本を読んだ。

 暗い商店街を抜け、部屋がある通りへ近づいていく。夢のなかの商店街というのはどうしてあんなに暗いのか。朝とも夜とも違う暗さがある。空は夕方のようだが、店は開いていない。まるで未明のような景色。

 水槽の底に沈んだような色をした物語が落ちている。拾い上げてラベルを確認すると、そこには「青空」と書かれている。

 空の色に空の色を継ぎ足して新しい空を作る。夢から覚めても残るような、忘れられない空の色を。そうすれば忘れないでいることができて、夜の間にあの部屋にたどり着くことができるのではないか。

 ――夜明けの水槽のような深いブルーの空を。

 わたしは突然閃いて、夜明けの色を探して調合をくり返す。眠っているだとか目覚めているだとか、そんな区別が問題でなくなるような夜明けのブルーを求めて。

 

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