episode 28『人形』
大時計の文字盤は、両手を広げたぐらいの幅があった。そのわりには軽く、少しの力で横にずらすことができた。十二の数字の真上あたりを支点に、振り子のようにスライドし、カチリと音を立てて止まった。
文字盤の後ろには、ちょうど人が通れるほどの長方形の穴が開いていた。そこを通り抜けると、大きな歯車が並んでいた。時計を動かす機構にしては、歯車の数が多いように思えた。他の用途があるのだろうか。
歯車の奥には、ガラス板で区切られた、窓のない部屋があった。ガラス板の両端は壁から離れており、隙間から部屋の入ることができた。
部屋の中には、壁に凭れかかるようにして、人形が座っていた。人間のよりも一回り小さい木製の人形だ。
人形の肩を軽く揺らすと、奇妙な感覚が起こった。
――わたしはかつて、この人形だったことがあるのではないか。
同時に、人形の意識のようなものが流れこんできた。それは音と映像を伴った、記憶の断片だった。前後の脈絡はわからない。人形は薄明かりの海辺にいた。海水を何度も手ですくって、小さなガラスの舟を探さなければならない。
人形が抱いただろう喪失感のようなものを、わたしは追体験しているようだった。
波に飲まれてしまった小さなガラスの舟を探すなんて、ほとんど絶望的ではないか。とても見つかるとは思えない。
わたしは泣きたかったが、人形なので涙を流すことができなかった。
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