episode 27『ホテルの壁の絵』

 真夜中。ホテルの部屋のカーテンを開けると、外はまだ明るい。

 壁にかけられた絵が、ネオンに照らされていた。

 描かれているのは、ぐにゃぐにゃに曲がった風景だった。真ん中では、ピエロが頭から海に飛びこんでいるように見えた。服装が派手なのと、メーキャップを着けているのでピエロだと思う。だが、画風からすると確かなことは言えない。色彩は全体的に派手だ。

 舞台は、水たまりではなく海である。陸には灯台があり、水中にはクジラがいる。

 ノックの音がした。

返事をすると、ルームサービスだ。特に何かを頼んだということはない。取り込み中というわけではないので、招き入れることにする。

「お聞きになりたいのではありませんか」

 ホテルマンの青年は言った。何を、と問えば壁にかかった絵のことだという。

 青年は語り始めた。彼はかつて絵の中のピエロだった。ちなみに、描かれたメーキャップは落とすことができないため、人間の素顔のメーキャップをしているのだという。着ていた服も、青年にとっては皮膚のようなものなので、制服の下に着けたままだそうだ。

「わたしは海に飛びこみました。冬の海です。とても冷たく、あっという間に体温を奪われていきました」

 今だって死んだのか、生きているのか、分からない。ここは死後の世界ではないかと思うこともある。そういって青年は、懐かしそうに絵を覗きこんでいた。

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