episode 39『神託』

 君と月夜の待ち合わせをした。ガードレールに凭れて待っていた君と、手を繋いで駅に向かった。地下にあるホームを隈なく歩いて階段を見つけた。

「初めて読んだ詩集を覚えている?」

「うん、覚えてる」

 初めての詩集を読んだ私は、二冊目を探したくなった。それって詩集にとっては良いことだったんだろうか。私は初めての詩集にちゃんと向き合うことができたのか――。

 今、君の手を取って駅の地下にある神殿を目指している。デルポイの神殿さながら神託を受けるために。

 君が投げた質問のせいだ。

 初めて読んだ詩集のことを考えてしまう。あるいは君も同じだったかもしれない。初めての詩集のページをめくった時の、指先の感触を思い出していたのかもしれない。

 地下鉄の駅のホームのさらに下に、神殿は眠っている。

 エレベーターの階床ボタンを押した人差し指を親指と擦り合わせた。

 私の指にも初めての詩集をめくった感触が蘇ってきたかもしれない。

 エレベーターを降りて、神殿を真正面から見上げる。照明で照らされている訳ではないので、見上げるほどに暗くなり縁は闇に溶けている。

 私はそっとページをめくり、暗闇の行間を読む。暗闇の間に初めて読んだ詩集の中の、読み取られなかった言葉の意味を探ろうとする。そして私に覚えているかと尋ねた君の真意を……。

 君が早くと私を呼ぶ。君と神殿に向かって歩いていく。

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