episode 40『花火』
雨が上がって日が差した。
プールサイドに佇んでいた君が光に溶けていった。君が消えてしまうまで私は見送っていた。そのままジャグジーに浸かりながら、窓ガラスに残る雨滴を眺めた。
ガラスを伝い落ちていく滴は、逆さに見上げていると空に上っていく花火を思わせた。
遠い日の花火を私はまだ覚えている。
あの日、君と私は遠回りして家に帰っていた。同じマンションに住む者同士の不思議な絆。大人になって日常的に顔を合わせなくなっても忘れない。
私が背負っていたのは君の好きな水色のランドセル。二人でランドセルを交換して、エントランスにある鏡に代わる代わる姿を映し笑い合った。
なぜ君が――、とは言わないでおこう。
誰にでも訪れる突然の瞬間に、私たちは遭遇しただけ。
それは死ではなく。約束された長い永遠の前のほんの短な別離。
消えていったのは君の名残り。
君じゃないのだ。君は消えない。君はどこへも行かない。
……けれども言葉を尽くす程に、君が薄れていってしまうという、この単純なルール。
花火との突然の邂逅。どん、と胸の奥に響いた音速の振動。驚いた君に笑った私。
あの夜花火が上がると私たちは知らなかった。
皆が期待する瞬間がやって来るのは、いつも誰も知らないタイミングで、虚をついて上がる花火に嘆息する観衆。
やがて私にも訪れる終焉を、私は静かに待つ。
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