episode 23『ラブソング』

 海岸でボトルシップを拾った。砂やゴミが入っていて、壜も汚れてベトベトしていた。中の船は無事だった。

 家まで持って帰るつもりはなかったが、捨てることもできなかった。間を取って、マンションの駐輪場の隅に置いておくことにした。思い出した時に眺めていたら、誰かが手入れしているのか、少しずつきれいになっていくのだった。

 マンションの廊下を、誰かが大声でラブソングを唄いながら通り過ぎていく。いつも階が違うせいか姿を見たことはない。どうやら即興で唄っているように出鱈目だ。その上、こちらが恥ずかしくなるようなストレートな歌詞である。

 玄関ホールの集合ポストを開けると、一枚の絵葉書が入っていた。

 差出人の名前はない。

 もっと言えばわたしの名前もなかった。代わりに書かれている宛名は、以前の住人だろうか。東南アジアの神様のような不思議な響きである。美しい海の絵が、濃厚な色彩で描かれていた。ふわり。スパイスの香りが漂った気がした。

 わたしは駐輪場に安置されていたボトルシップを手に取った。そのまま空港まで行って、終電まで国際線が飛ぶのを眺めていた。

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