episode 35『妖精のお姉さん』

 小学校の低学年ぐらいの頃、いつもそばに小さな妖精がいた。手のひら程の大きさだった。

 妖精というと可愛らしい女の子のようなイメージがあるけれど、私のところにいたのは少し年増のお姉さんだった。

 私の両親は喫茶店をやっていた。日曜日は休業だった。両親は出かけていて留守だった。

 あの日は魔が差した。

 去年のクリスマスにビンゴ大会でもらった水風船がたくさん余っていた。

 私は喫茶店で、水風船をふくらませて遊んでいた。テーブルの上の塩の壜をめがけて投げたりしていた。いけないことだな、という背徳感が私をハイにしていた。

 水道の蛇口は老朽化して水の出が悪かった。私はだんだん焦れてきて、蛇口を乱暴にひねった。すると、根元からぽきりと折れてしまった。ものすごい勢いで水しぶきが迸った。

 慌てて管を塞ごうとして服が水浸しになった。

 私はパニックになって泣いてしまった。

 妖精のお姉さんがやって来て、ここは私が何とかするから、服を着替えてらっしゃいと言った。それが彼女を見た最後になった。戻ってみると、水道管は元通りになっていた。お姉さんの姿はなかった。

 分からないのは、両親がやっていたのは喫茶店ではなく下宿だということと、私を可愛がってくれていた下宿人の女が逮捕された事件があったということだ。

 記憶違いなんだと思う。だけど確かに小さな妖精だったはずなのに、人間の記憶って不思議だなと思う。

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