episode 12『絨毛』
夜中に寝苦しくて目を覚ますと、少女の躰には獣のようなモフモフの絨毛が萌え立っていた。
初めは勘違いだと思った。だがどう考えてもシーツの手触りが普通ではなかった。まったくこれっぽちもふかふかしていない。例えるなら、そう、まるで毛糸の手袋でもしているかのようなのだ。
そんな馬鹿な。夜中にベッドの上で手袋をしている道理はない。それでも手のひらをすり合わせてみるとやはり手袋のような感触だった。
(じゃあ何よ、これ……)
少女は体を起こしてナイトランプを点けた。
眠い目を凝らし、じっと手のひらを見た。
少女は悲鳴を上げそうになった。
腕は手の甲から二の腕にかけて。足は指の付け根から股の間にかけて。白い虎のような和毛が豊かに皮膚の表面を覆っていたのだ。パジャマの前をはだけて全身をくまなく確認してみた。まばらな腹毛だけがもとの薄い栗色をしたヒト科のものなのがいっそエロティックでさえあった。
(なんでっ、こんな夜に限ってお泊まり会なの!)
そう。気がかりはとなりで寝息を立てている友人だ。
ここが友人の家でさえあったなら――。寝惚けている顔に背を向けてごめん、ちょっと用事が! と言いのこして帰ってしまっても、彼女ならきっと怒ったりはしない。だが残念なことに今夜は自宅である。その時、突然背中越しに声がした。
「――ちゃん」
「は、はい!」
少女は飛び上がった。なんと友人は目を覚ましていた。さっきからずっと観察されていたのだろうか。少女は顔が熱くなるのを感じた。
「その毛、どっから出してきたの」
「え……どこって……えっと、毛穴かな?」
「は。何それひょっとして自前なの」
思ったほど驚いていない?
少女は思った。これは案外大丈夫なのではないか。あのね、実はねかくかくしかじかなの。でね、私も訳がわかんなくて困ってて……。
「え、普通になんで」
「なんでって何が」
「何がって毛が」
ほれ、とパジャマの袖をめくった友人にはそれはもう立派な獣毛が生え揃っていた。あんた、あたしと一緒だったんだね。気が合うと思ったよ。別に恥ずかしがることじゃないし。
「だってほら、今夜って満月でしょう?」
あ、そうか、となんとも気の利かない返事をして二人でベランダに行った。
「遠吠えとか別にしなくて良いからね」
友人が軽口を言ってくれたので少女は少しほっとすることができた。そのまま二人でウフフと笑い合いながら、ただぼーっと月を眺めていた。
〈了〉
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