episode 26『観覧車』
捉えどころのない森がある。森と呼ばれているけれども、正体は森ではないという。長い年月の中で森は姿を変える。深淵に続く小路は、いつも視界の端にちらついている。
わたしは迷路の中で暮らしていた。
鍵の束は手にしていたけれど、階段を上って下りて、踊り場で途方に暮れていた。ソファーに寝そべって、熱心に読むわけでもなく、雑誌を開いていた。
ページから視線を外すと、扉が開いていた。
引き寄せられるように扉をくぐった。数多くのアトラクションが並ぶ園内を、わたしは通り抜けていった。そのまま果てまで歩いていくと、観覧車があった。
迷わず乗り込んでいた。ゴンドラは静かに上がっていった。高い位置からは、迷路を端から端まで、見渡すことができた。
眼球を動かしていくと、迷路の中を自由に行き来することができた。やがて迷路の出口に辿り着いた。
とうとう憂鬱な迷路に別れを言うことができるのだ。わたしは夢中で前に進んだ。穏やかな外灯の明かりに包まれた、夜の街が姿を現した。
「もし、あなた」突然声を掛けられた。視線の先に立っていたのは、アコーディオンを携えた老紳士だった。「……あなた、躰をどうしたのです」
その時、初めて気づいた。わたしの躰は依然として観覧車のシートに座っているのだった。
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