episode 42『グレープフルーツ』
雨の休日。なんとなく思い立って電車に乗り、市内の動物園に行った。どうやら、その時に動物園の羊がついてきていたようだ。
気づいたのは夜になってからだった。
ナイトランプの明かりに、羊の姿が躍っていた。ダンスをしていた訳ではない。
一日中ずっと隣りにいたらしい羊に、私は全く気づいていなかった。羊は呆れて言った。
「やっと気づいたのね。さぁ、眠りなさいな」
羊は言った。眠れとはどういうことかと私は尋ねた。
「真夜中に羊が出てくる理由なんて、そんなの決まっているじゃないの。あんたを寝かしつけてあげるためよ」
羊は言うがすぐには眠れそうになかった。
「けどあんた、あんまり眠れてないんでしょう。あたしは睡眠のプロ。いうなれば睡眠ガチ勢よ。任せて」
羊は頬で優しくまぶたに触れた。絹のような声で、聞いたこともないような歌を歌った。歌というよりも聴覚への刺激によって、意識を眠りの淵に追いやっているようだった。
こんな乱暴な方法で眠るのは抵抗があるな、と夢うつつに考えたのを最後に、意識が途絶えた。
翌朝、目が覚めると羊がキッチンに立っていた。ちょうどグレープフルーツを輪切りにしようとしているところだった。
「どうしてまだいるの?」
羊は何も答えず、不思議そうな顔でこちらを見た。羊が淹れてくれた紅茶には、輪切りになったグレープフルーツが浮かんでいた。
私と羊。二人の生活の始まりだった。
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