episode 43『静かな夜と長いまつ毛』
静かな夜に、長いまつ毛が濡れていた。
熱帯魚の水槽の前にあるベンチに座っていたのは、熱帯魚が好きな友人のことを思い出していたからだ。
友人の部屋ではいつも微かな土の香りが漂っていた。そのせいだろうか。
以前は何とも思わなかったのに、いつからか水槽のあるところに行くと落ち着く。
だがそんな気持ちも今日までかもしれない。
些細なことから、初めての大喧嘩をしてしまった。謝りたい気持ちがないではないけれど、今はあの部屋に帰れる気分ではない。
駅の高架の下の道には明かりが灯っている。材木置場や倉庫が並んで荒涼としてしいるようで、意外と明るい。
高架下に劇場があるのを思い出したのは、目の前まで来たときだった。
劇場にはカフェが併設されている。音楽が流れていても外に漏れるということがない広大な空間。建物の2階の高さよりも高い吹き抜けである。
水槽が見える奥のソファーに座り、コーヒーを注文した。今は上演中のようでカフェには客がいない。
腫れぼったい目で上演スケジュールをめくっていると、ピエロの姿をした人物が舞台袖から現れた。芝居ではない。芝居が行われているのはドアを隔てて隣りの空間にある、もう一つの劇場だ。
芝居であるはずはないのに、ピエロは舞台の上でおどけて見せた。
芝居を見に、誘っているのだろうか。そんなことを考えながら、遠いソファーの席から、ずっとピエロを眺めていた。
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