episode 18『プール』
その夏、もっとも激しい雨が降った日。
ある土曜日の午後。
夏穂さんがプールで泳いでいる間、雨が降っていた。雨のなか、街では人もクルマもみんな立ち止まって眠っていた。ほんとうに皆、動くのを止めて眠っていたのだ。
そのことを夏穂さんとわたしだけが知っている。
夏穂さんとわたしだけは目を覚ましていた。
空調の効いた屋内プールの水の中で(もしくはプールサイドで)、泳いだり、歩いたりして過ごしていた。歩いていたのはもっぱらわたしの方だ。夏穂さんはプールを訪れた利用客で、わたしはプールの監視員をしていた。
その時期、毎週土曜日の混雑といえば、平日と同じ場所とは思えない程なのだが……。どういう訳かその週の土曜日は、朝から夏穂さん以外の客が一人も現われなかった。
朝一番。開館からしばらくして、紺色の水着を着た夏穂さんが更衣室を出てきた。夏穂さんとわたしは軽く会釈を交わした。そして準備運動をし、静かに水に入っていく姿を見守っていた。外では雷鳴が響いていた。窓を叩く雨がわたしのいるプールサイドから見えた。
気がつくと、夏穂さんが手前のコースの真ん中辺りで立ち止まり、こっちを見ていた。ねぇ、気づいている? 夏穂さんが云った。今、目を覚ましているのは二人だけよ。どういうことですか。ここに来るときに見てきたの。外は皆、屋根のあるところに固まって眠っているのよ。
思ってもない告白にわたしはとても驚いた。でも、夏穂さんが云うならそれも良いなと思った。
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