第4節 冬は井戸が似合う

第18話 極光の降り注ぐ

 花園へ来て、暫く前のことだ。ここは四季が流れるように過ぎ行くのに、一面の花々は枯れない。だが、古代遺跡の周りは、草もまばらだった。勿論、花は少ない。秋も深まって、イチゴみたいな匍匐枝は旬を過ぎただろうか。


「秋が深まったのか、冬が近付いたのか。イチゴは冬用のものが高いからな。実っていたら、常春の冬か?」


 あのとき、俺の勘で辿り着いた、チチェン・イッツァのエル・カスティーヨみたいな古代遺跡は健在だろうか。メキシコのマヤ文明で有名な階段状のピラミッド型をしている。


「最初は、迫力に負けたけれども、冷静に観察すれば、小ぶりではないかな」


 近寄ってみる。石から、強大な思いを感じた。これを造った者の意向か、念が込められているのだろう。


「へい、ペシッ」


 俺が石に平手で挨拶をした。


「うぬ! 取れないぞ……。粘着質ではなく、冷たい。張り付いたのか? 目、目があ! 眩しい――」


 階段の最上階付近から、太陽に近い光が射しこむ。そうだ、ニャートリーが消え入っていたな。まさか、太陽神として生まれ変わったりしていないだろうか。


「ボクだ。ニャートリー先生か? 石に手がくっついて離れない。どうしたらいい?」


 誰からも返事がない。女子高生女神脱ぎ脱ぎタイムと言う破廉恥なイベントまであって、わちゃわちゃしていたのに。騒がしさの欠片もなかった。


「ニャートリー先生の海亀泣きでもいいよ、誰か返事をしてくれ」


 ザバザバ……。


「うお! 波打つ音か? まさか、溺れさせられるのでもないよな」


 ザバザバ、ザザーン……。


「こんな所に水場があるとは思えない。川一つなくて、JK女神らの開花にも【ドラゴン放水】を使う位だ」


 足に罠のようなものがあった。引っ掛かって思い出した。そして、水で想起もできる井戸があったな。イチゴでもなく謎の蔦が、長く這っている。ニャートリーが苦しいお産をしたときのことを思い出した。俺は仮説を立てていたんだった。


「――チチェン・イッツァのエル・カスティーヨみたいな古代遺跡と井戸とでは、石の繋がりがある。それから、井戸の役割は、水を汲み上げることが主だ」


 俺は、おおがみファームの農場長としても、JK女神のまとめ役としても考えていた。エモいスローライフをするためにだ。


「水は農業の基本。水がなければ生き物は育たないだろう。そこで思い出したのは、マヤ文明は水源が独特だったことだ。肥沃な川がある訳でもないことから、推察されるだろう。いい水源もなく、畑作に苦労した。だから、盛り畑耕法を乾地に適した農業を加えて行っていたと趣味の本で知ったな」


 瞬く間に脳裏をよぎった。


「蔦がある理由は、井戸におけるように水のありかを示すと結論を導いていいだろう。これだ、これを知りたかったんだ! 消えたニャートリー先生が現れたら、伝えなければ」


 カッ!


 一層強い一条の太陽光が俺を突き刺した。まさか、ここで本当の天国へ逝く訳でもあるまい。


「い、嫌だ!」


 本気で、身を左右に捻って暴れた。すると、手が張り付いたままだった石から動きを感じ出す。


「まさか、取れるのか?」


 そのまま、後方へ下がって行った。石が少しずつ下がって行く。


「マヤ文明を象徴するものとして、太陽は挙げられるよな。どんな関係で、このもの凄く眩しい中、石を引いているのだろう」


 手を離さなければならなかったので、痛くない程度に、どんどん後退りをして行く。石の奥が深い。これは、思ったよりも難儀な技だ。


「うーんとこどっこいせ。とかやっている場合ではないな。石積みは、思ったよりも大きい物なのか。せーの、せっ」


 飽きた頃だった。


「抜けた……」


 その場に腰を抜かしてしまった。そして、上を向くと、空いた穴があった。立ち上がって近付く。


「うーん。ボクは背丈は百七十六だから、狭いな。肩を外す勢いでないと潜れないかも知れない。猫ならば、ヒゲで分かるのに。こんなとき、ニャートリー先生がいたらよかった」


 他の入り口がないか、もっと右手へと進んで行った。蔦がふっさりと垂れている所がある。これは、もしかすると期待を持ってもいいかも知れない。


「蔦を捲ってみるか。暖簾のようだな」


 かなりの勇気を出して、蔦を掻き分ける。


「うお――! し、死ぬ……」


 蔦から電撃をくらい、倒れてしまった。その勢いで、蔦の暖簾の先、古代遺跡の一歩奥まった所へ入った。


「くっ。うう……。背中を火傷していなければいいが」


 それは杞憂に終わったが、嫌なことは続くものだ。ゾクリと背筋に嫌な感じが走った。急に、したりと襟足に感じるものがあった。


「うごはやひえ!」


 襟足に当たったのは、水滴だろうか。ここはやけに涼しい。外は太陽熱で大変だったから。俺は、天井を見た。高さは、凡そ三メートルもあり、薄暗く見通しは悪い。だが、分かってしまった。


「氷柱ばかりだ! そこに、紫煙が取り巻いている。何て重苦しい遺跡なんだ」


 こんなときは、誰かにいて欲しいものだ。静寂と暗闇が俺をを包む。恋人もいなくて、ゲーム三昧の中、家族以外で初めて話した相手は、アレだ。


「ニャートリー先生よ。もしかして、ボクの友達になってくれるのかな……」


 閃光が天井らしき方から差し込む。また、太陽だろう。そんな嫌なムードになっていたとき、気が付いた。


「いや、あれはオーロラ! 極光だ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る