第30話 オーロラの本当

「ペガサスか。俺が乗って来たのは、『ペガサバ』のホワイトシュシュだ」

「ホワイトシュシュとは、どんな意味ニャン」


 恥ずかしいけれども、出会う可能性も少ないだろうから、話してもいいかな。


「ペガサスは、幾度もバトルを潜り抜け、いい相棒となったよ。ゲームで名前を付けられるんだけど、ボクの好きなタイプの子に似合いそうな髪型、ポニーテールに白い髪飾りのシュシュをイメージしたって訳だ」

「白い髪飾りのことニャ?」


 うぐ。ホワイトシュシュって可愛くないか。俺だけか、そう思っているの。


「うん……。やっぱり、秘密にしてもよかったか」

「メモメモニャン」

「メモるな!」


 汗を掻く程、疲れた。ペガサスの話はこの辺にしよう。ファンタジーゲームの続きなんだから、ドラゴンとペガサスの繋がりがあってもおかしくない。だが、躯体に飛べる翼か羽がある以外に思い当たらないな。


「ドラゴンとペガサスが繋がっているなんてあるかな? しかし、目の前の現実を無視して次に行けない」


 ドドドン。おおっと。存在感たっぷりの親ドラゴンだ。


「我らへの貢物のパンとやらは、確か、花園の守り神に託した幾つかの本に載っていたな」

「そうニャン。大神直人さんが熱心に読み解いて行ったニャンヨ。他にもメニューを考えてくれたニャ」


 ニャートリー、褒めてもよしよししかできないよ。仕方がないな。パンをどけて、ピンクのふわもこの背中だか頭を撫でてみた。


「よーしよし」

「ギイニャー」


 息せき切って、顔を真っ赤にしている。恥ずかしいものなのか。もしかして、対応の仕方を知らないのか。えっと。本の話だな。


「花園のドラゴンの物だったのか。『アグリカルチャー・アカデミー』とその『生産加工編』は、本当にいい本だよ」


 図版も豊富で、言葉も理解できるのが大きかったな。


「秋桜さんが読んでいるのは、物語で、『恋の栞をはさむとき』ニャン」

「ははは、ロマンチストだな。それに、花園のドラゴンは、司書みたいだね」


 俺は、笑ったらいけなかったのだろうか。秋桜さんが、紅色の頬を膨らませた。


「な! 本の内容は内緒にして欲しいわ」


 ドドドドン。古代遺跡の上からもオーロラならぬオーラを感じる。


「我が現れると、花の女神達に恐れられるでの。そこで、花園の守り神に代わったのだ」

「気にすることないニャン。でも、たっての希望だったから、本をしまってある所があるニャンヨ」


 成程、本棚みたいな所なんだろうね。


「さて、話も一段落ついた所で、パンを皆で食べよう!」


 俺のパンはなくてもいい。笑顔が美味しさのスパイスだ。


「ではニャ。大神直人さんを囲んで、かんパン!」

「ニャートリー先生。乾杯だから」


 笑ってはいけないのだが、微笑ましくて、ニヤニヤしてしまった。


「美味しいです」

「美味しいと思う」

「美味しい……。ですね。ふう……」

「リン! 美味しい」

「オレも同感」

「わらわも美味じゃと思うぞ」


 皆、怖い中でも、ニコニコしてくれた。だが、ドラゴンに向き合おうとするのは、直ぐには無理なのかな。わちゃわちゃは、期待していた通りには行かなかったが、仕方がない。喜びはささやかな所から始まるのだろう。


「毒入りパンが欲しければ、大神直人さまに差し上げるわ」

「ええーと。楽しめないなら、無理強いはしないよ。ボクが貰うから、自由にしているといい」


 ドラゴンの巣に行ったら、今日は終わりだと思っていた。だが、色々と考えることがあって、そうも行かなくなっていた。どこから整理しようか。秋桜さんのパンをいただくと、手前味噌でも美味しいと思った。


「いけるじゃないか」


 ◇◇◇


 オーロラの巣について、考えてみた。


「太陽風は、その名の通り、太陽から地球に向かって来る。詳しく調べると、地球にある大気の原子や分子に、太陽からの陽イオンと電子が降り注いだとき、衝突して、励起れいき状態じょうたいを促す」

「大神直人さんの話で、定義の分からないものがあるニャン」


 花園の守り神も勉強熱心なんだよな。俺もさほど専門じゃないが。


「用語の説明をすると、原子の構造は、例えば、ヘリウムの場合、陽子と中性子からなる原子核の外周をマイナスの電子が回っている構図が挙げられる。原子は電気を帯びていなくて、イオンはその逆だ。ヘリウムなら、陽子と電子が二個ずつで、中と外の釣り合いが取れている」


 俺が、空に図を描きながら説明すると、パンで膨らんだニャートリーがやって来た。


「グルグル回っているのかニャ。『アカデミーシリーズ』で、詳しい本がある筈ニャン。確かニャ……。読んだこともあるけれども、オーロラとは気が付かなかったニャリ」

「そうだな。本があると、整理された内容の文章と的確な図があっていいな。そこで学んだら、言葉と身振りで伝えられるといいと思うが」


 ニャートリーは、羽をバタつかせて、次の話をおかわりした。


「では、光の謎に迫ってみる。最初は、基底きてい状態じょうたいの所へ、原子や分子の衝突により、励起状態、つまりは、高エネルギーで不安定になる。そして、直ぐに辛くなって、基底状態に戻る。そのときの余剰エネルギーが、光となって放出される」


 光と一言で括れない位、美しいものだ。現に、ドラゴンの巣は輝きが艶っぽい。


「これが、人間の知るオーロラの本当だ」

「本当の姿は、科学的なのだニャン」

「そうだな」


 ニャートリーと話していて、楽しい。いい相棒として、もっと話していたい。


「しかし、光については触れていなかったな。学生なら習う所だ。波長によって、色相が決まる。励起状態と基底状態のエネルギーの差、つまりは高度によって生じるのだが、大きいと赤、中位で緑、小さいと紫となるんだ」

「ニャー。頷くばかりニャン」


 古代遺跡の高い所にあるドラゴンの巣へと、首をくっと上げる。


「花園のドラゴンの巣には、赤も紫も目立っている」


 そうだ。色についての考察が必要だな。


「赤は、差が大きい必要があるのだが、高い高度では大気が薄く、衝突が起きにくくて赤いのは難しい。プラズマのエネルギーが弱いので、高度が下がり切る前に衝突して酸素原子が赤く発光する。また、励起状態から基底状態へと戻って行くのに長い時間を要し、大気が濃くなるので、オーロラとして発光する以前に衝突してしまうため、赤いオーロラは希少だ」

「赤色は、希少なりニャ?」


 そこがポイントだよな。俺は、巣を指差した。


「だから、赤いものは、花園のドラゴンが発しているのだろうか?」

「花園の守り神にも分からないことがあるニャ」


 そうならば、俺の知っていることをなるべく話してみようか。


「そして、一番多い色は、緑だ。高度がより低い所まで、プラズマのエネルギーが強いから届くので、よく観察される。酸素原子が発光するとき、大きいエネルギーによって励起も強くなって、緑色に発光する。緑のオーロラはよく観察される」


 また、本の話に戻るが、続けよう。


「ボクは、オーロラ観測をしたことはない。だが、カーテン状の写真などを本で楽しんだりネットで検索しまくったことがある。宇宙の水彩画のようで、ロマンがあるよな」


 ニャートリーがほんわかとしている。どうかしたか。


「大神直人さんは、夢があるニャ……」

「訳の分からない独り言でごめんな」


 ニャンニャンと啼きながら飛び回った。俺の安寧は、ここにあるのかと、ふと、思った。


「そんなことないニャリ。花園のドラゴンが帰って来ると、古代遺跡にあるオーロラが大きくなるニャン。オーロラの本当について、勉強になったニャリヨ」


 ◇◇◇


 そうこう考えている内に、一つ声が上がった。


「また、お料理をして……。ドラゴンさんに届けたいと思う」

「菜七さん! 気持ちを砕いてくれたのか。ありがとう。ありがとう」


 両手を取って、ブンブンと振ってしまった。


「手が抜けると思うの」

「ややや、すまない」


 パンから始まる明日へのストーリーって感じかな。ともあれ、悪くもなかった。

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