第3節 魔女とサバト

第31話 魔女っこ女神っこ

 ドラゴンの巣について、古代遺跡について、もっと知りたい。


「どうだい。オーロラの巣がよく観測できるように、暗くなってもここで過ごさないか?」

「いいと思うニャン」


 俺は、土が剥き出しになっていようとお構いなく、寝転んだ。そして、誰に当てるともなく、手紙の文言を考えていた。独り言のつもりだったが、想っていることを吐き出していた。


「特に皆やボクには、朝も昼も夜もない。食事の概念がないからな。生きて行くために必要性もない。遊び暮らしたっていい訳だ。だが、花から召喚しなければ、殆ど目覚められない。水仙さんのみ、【合奏】を用いて時空を越え、井戸からこんにちはをしたものだから例外とするが。七柱は、花の女神だ。各々性格も異なるし、特技も様々だ。花園では、どんな目的でJK女神達が産まれるのだろうか」


 夜になったけれども、月の影は見当たらない。勿論太陽もない。だが、ここには、昼間から引き続きオーロラの巣がある。衛星も恒星も目に映らないだけなのだろうか。


「ニャートリー先生、綺麗なものだな」

「分かるニャリ」


 白夜でもないのにな。物理的に不思議だ。


「そういえば、ボクの暮らす世界では、月の引力による潮の満ち引きで、地球で子ども達が産まれる時間帯が、およそ早朝になると聞いたことがあるよ」


 ピンクのふわもこが、せっせと首肯をすると、赤べこみたいだ。その内綿あめになる気がして、可愛い。


「産まれるための種は、ニャートリー先生がキーとなっている。苦しんで産んでくれるんだ」

「卵がつまるのは、苦しいニャン」


 あれは、大事件だったな。ここにいると、井戸を思い出す。


「そのニャートリー先生も【ドラゴン放水】や【火炎ドラゴン】は、恐らく花園のドラゴンから授かったのだろう。本を預かる程の信頼がある。待てよ。本を作ったのは誰だ? ボクの暮らす世界のとさして変わらないレベルの濃い内容と手書きとはいえ紙を用いており、糸を使って上手く綴じてあった」


 ドドドドン。寝ていなかったのか。花園のドラゴンが、首をもたげた。


「先史から、残されておる。それから、お主の来た世界にも同じような建造物があるのを知っている」

「チチェン・イッツァのエル・カスティーヨか! 花園の古代遺跡建造は、誰が牛馬のごとく使役させたんだ?」


 夜のオーロラに揺らめくドラゴンは、どこか艶っぽい。たおやめぶりだな。


「我ではない」

「な……。一番力を持っていると思ったのに、違うのか」


 ニャートリーが羽ばたいて、オーロラに近付こうとしていた。燃え入るような極光は熱く包んでしまいそうだ。


「決して、星になるんじゃないよ」


 心の底から心配したそのとき、ズキンと来た。


「花園の守り神とは、ニャートリー先生の役割はニャーニャー啼いているばかりではないな。ボクにとっては、ニャートリー先生の存在そのものが、大切なんだ……」


 俺の口は、もう勝手に動いている。声が風になりながら。


「もう、あれもこれもして欲しいとは思わない。ボクから、ニャートリー先生を喜ばせたい。笑顔でいて欲しいと思う。どうしてだろう。胸の真ん中があたたかい。こんな感情は初めてだ。護りたい存在。傍にいて欲しいしいたい存在だ」


 大告白じゃん。赤面ものだ。トウモロコシの畑があったら、チクチク隠れていたい。


「聞かなかったことにして、ニャートリー先生……」

「ニャ……。大神直人さん、今、傍にいて欲しいニャリ……?」

「いや、蕎麦は美味しいよなって話だ。やせた土地でも十分育つ作物から、美味しい麺ができるんだよ」


 誤魔化し。誤魔化しだ。そうだ。話題を変えよう。


「花園の駆け落ち事件があったよな。菊子さんが、百合愛さんに乗り換えた切っ掛けだ。あれは、誰が元々菊子さんと付き合っていたんだ?」


 俺がドラゴンの巣を見ていると、間に人影が入った。二度見すると、JK女神じゃないか。


「私で悪かったわね」

「――ええ! 秋桜さんだったのか?」


 目を真っ赤にした秋桜さんが、睨んでいる。怖い視線が、光線になって、俺をぶっさす。


「痛ってー。本当に秋桜さんが、菊子さんのお相手だったのか?」


 理由が分からない。今は菊子さんの視線がそこに行かないからだ。百合愛さんの隣に座って、楽しそうにしている。


「花園で、以前の召喚のとき、真っ先に出会ったのが、菊子さんだったの」

「そうか。菊は重陽だから、その次に産まれたんだものな」


 エンカウントしたのな。


「ウインク一つで、バチン、バタンだったわ」

「え? 直ぐに落ちちゃったの? それは多分、一方的な恋だったのかな」


 ここは、バチンが多いな。俺もエッチバチンされたっけ。


「どういう意味よ。恋に理由なんて要るの?」

「恋は、木の葉も秋に色付くように、変わって行くものだと思うんだ。双方から想い合って行く内に、愛になると思うよ。お互いを尊重し、助け合える関係。与えられる関係だ」


 ニャートリーと俺の間に愛があるかは分からない。だが、理想はそうありたい。しかし、猫鶏との恋愛を進めるのは、心の問題はいい相棒として問題ないが、キスは嘴とするのだろうか。愛し合うと、卵から猫鶏の子が産まれるのだろうか。そこは踏み込まないでおこう。


「花園の守り神のことを考えていたわね?」

「秋桜さん。どうして、そう思うよ。証拠がない」

「私には、【八栞】があるの。それを忘れないで」


 オーロラを背にして、四本指を揃えたかと思うと、両手で半月を描いた。すると。端から指を一本ずつ折って行く。七本目を折ったとき、解き放たれた。


「秋桜の女神、秋桜が命ずる。【八栞】よ、この花園に隠れし八つ目の栞を剥き出しにし、姿を現し給え――! 本当の魔女よ出でよ!」


 八つ目の指が折られた。これが、【八栞】の真の力なのか。


「魔女が誰かだなんて、どうでもいいニャン……!」


 ピンクのふわもこが、高速でクルクルと回り出した。汗も相当掻いている。泡を食っているな。


「猫を被るのもいい加減にしなさいよ!」


 ニャートリーが猫っぽいからだろうか。


「秋桜さん。私の姿は、花園のドラゴンに与えられたものニャ」

「魔女よ、魔女よと呼ばれる理由が分かる? どんなに転生をしても、死ねないからよ」

「ニャ……。ぐううえ……」

「ニャートリー先生、逃げるんだ! どうした、うずくまって」


 産卵のときのように、丸くなり身動きが取れなくなっているようだ。


「ねえ、変な生き物にまでなっちゃって……。ククク……。この魔女が! 【八栞】よ、脱がしてしまい給え! は――!」


 俺は、吃驚した。丸くなっていた猫鶏が、徐々に別の姿へと変貌して行く。


「うううう……」

「苦しいのか、ニャートリー先生」


 うごめく様子をどうしていいのか分からない。そうだ。パンのときみたいに撫でよう。


「よしよし。魔女は、ニャートリー先生だったんだな。だが、別の姿、例えドラゴンでもペガサスでも、ボクの愛する気持ちは変わらないから、安心していいよ」

「ありがとう。『愛する気持ちは変わらない』その言葉で、私は人になれるって知らなかったでしょう……」


 まばゆい中で、白い肢体が伸びて来る。羽を失い、その代わり、ピンクの衣をまとった人の形をした女神が誕生した。愛の女神だろうか。


「いいえ。魔女でもドラゴンでもペガサスでもありません。私は、花園の女神になる前身は、八柱目の女神でした」


 毅然とした。その言葉がぴったりの美しい人だ。俺は見惚れていたが、一つの疑問が片付いた。

 

「八柱目! 冬の女神は、やはり二柱だったのか! 水仙さんともう一人の女神」

「そう――。花の名は、梅。梅の女神、梅香うめかです」


 春を告げる少し前の花、梅なのか。


「梅香さん……?」


 素敵な似合いの名前だ。心の中で八回は叫んだ。梅香さん、梅香さんと。


「ですが、私は――」

「私は、どうした?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る