第32話 猫鶏の美しさ

「私は……。梅の女神でもないのです」

「は? どう見たって神々しいし、気品もある。女神様だと思えるが。どこかおかしいのかい」


 踝まであるピンクのドーリス式キトーンによく似ている、ドレープが綺麗だ。肩からのぞいた透き通った素肌にオーロラが映し込む。


「皆さんは、召喚前の制服を着ていますが、私は違いますよね」

「そうだな。美しいひらひらした衣だ。彫刻であったなと思うよ」


 訳があるのだろうか。


「ここにいる、女子高生女神達は、皆、一度事故などで亡くなっております。紫陽花さんだけ、病院で息を引き取りました」


 そうかと思うと、溜め息が出た。


「それは、転移ではなく、転生による召喚なのだな。JK女神が制服でいる理由は、事故に遭ったときに学生服を着ていたからだろう。紫陽花さんはどうなんだ? 病院では病衣のイメージがあるが」


 偶々にしても、十代の楽しい日々を残念な形で終わらせて、辛いだろうな。俺なんか大学生だけれども、それでも、今、亡くなっていることを確認したら、ショックを受ける。


「花園のドラゴンが下界を覗いていて、私も知ったのですが、病院は病院でも、院内学級の類とは異なり、病院から通信で学習していたようです」


 厳しい学校だったのだろうか。紫陽花さんのおどおどした感じは、某かの圧力かも知れないな。


「はい……。青森県弘前市の聖泉大学附属高等学校、二年Ⅰ組、英語部に所属しながら……。ふう……。パソコンを使って勉強をしていました……。でも、点滴を打っていても制服着用のこととあり、この紫のカトリック系らしい制服を着ざるを得ませんでした……」


 ケホンとしわぶきをして、紫陽花さんは続けた。


「ふう……。そして、梅雨前線が大地を荒らしたとき、持病の喘息から肺炎を起こしてしまって……。レントゲン技師が個室に機材を持って来たときには、もう、自分の姿を天井から見ていました。そこへ、ドドドドンとの音と共に、花園のドラゴン様が私をくわえて天へ昇り、オーロラの巣から落としたのです。這い出ると、そこには、花園への道がありました……」


 俺は頭をカリカリと掻いた。大変な話を聞いたものだ。


「よく教えてくれたね」


 俺は、礼にとハイタッチをしようとしたが、紫陽花さんが手を挙げないので、軽く打ち震えていた両手を握りしめた。


「あの……。大神様のお気持ちはよく分かりました……。ふう」

「おおっと。それは申し訳ない」


 さっと手を離した。失礼に当たったかな。一通り聞いて、召喚の前はドラゴンによる救いの手だと分かった。


「あれ? オーロラの巣から来たのか……。この古代遺跡から出て来たと。どこか引っ掛かりがあるな」


 恐ろしくて声に出せないが、このドラゴンの巣を逆に辿って行くと下界とやらへ行けるのかも知れないぞ。今はドラゴンがいるから、危険だ。中にペガサスはいるのだろうか。様々な情報整理に掛かった時間は、凡そ九秒だ。無駄に冴えている。


「落ち着け、ボク」


 少し息を吐いて、梅香さんと話をしたいと思った。


「もう、梅香さんをニャートリー先生と呼べないな」

「どうしてかしら」


 後ろで手を組んで、爪先をトンと地に立てた仕草が愛らしい。


「ボクは、JK女神だとかはしゃいだり、急にモテた気分でいたけれども、そんなのは、浅かったな。身構え方が違うと表現したらいいのだろうか。ニャ――、いや。梅香さんは、こんなに素敵に美しい方になったのだもの。JKとは、おふざけが過ぎるだろうよ」


 梅香さんが俯いてから、面を上げて、俺の目にしっかと視線を合わせた。そして、小さな拳をつくる。俺の胸板まで叩いてくれるが、結構な力持ちだと分かった。痛いから。

 

「ニャートリーは、大神直人さんが付けてくれた大切な名前よ。誰も呼び名を与えてくれなかった。花園の守り神は、私が異形のものだったから、自分から名乗るのに思い付いたものなの。だから、嬉しいでしょう? ニャートリーって可愛いじゃない」


 照れるな。あまり褒められないで大きくなったから、恥ずかしいよ。親父は、職人気質だから、その節が強い。母さんは、従順だしな。優花は、まあ、優しいか。


「最初から、梅の女神とはならなかったんだ」

「転生したら、猫鶏の姿になってしまったから」


 いつの転生だ。最初にこの古代遺跡を出たときにだろうか。


「ドラゴンの巣を出てからかい?」

「いえ、転生を繰り返していたら、さっきまでのピンク色のふわもこになってしまったのよ」

「うぐは――」


 俺は、腹に手を当てて、急ぎ、うずくまった。ゴロゴロしているが、便意でもない。


「くうっ急にお腹が痛いし、吐き気もある」

「大神直人さまは、私のパンを食べましたね」


 再び、闇属性の女神がやって来たよ。段々と菊子さんへの当てつけかと思うようになって来た。


「秋桜さん? いや、だからって、毒はないぞ」

「私が仕込んでおきましたわ。誰に当たるか分からないので、テーブルロールの裏側に栞がありますの。まさかの自分に当たった訳だわ」


 クククと笑う横顔がいけ好かないな。自分にって、自業自得だろうよ。


「それで、捨てようと、パフォーマンスでお皿とパンを投げたのか?」

「カッコ悪いけど、ご想像に任せてもいいわよ」


 俺は、秋桜さんのパンは食べてしまって、もう、ないから、お皿を調べた。中央に、薄紅を認める。


「何か肉まんとあんまんの違いみたいだ。コイツか。コイツのせいで、お腹が痛くて気持ちが悪いのか。仕込んだものは、どんな毒だよ」

「毒があるか、分かりませんが、カタツムリとやらの生き物を入れて差し上げたの」


 紫陽花さんが、青ざめてひっくり返った。茸とカタツムリは、紫陽花さんが大臣をしてくれたんだ。食べられなかったから、エスカルゴとは呼びにくいな。


「茸に毒がなくて……。カタツムリに? ふう……」

「大丈夫ですか! 紫陽花さん」

「ゆっくり横になっている方がいいと思うよ。紫陽花さん、大丈夫?」


 流石に櫻女さんと菜七さんが直ぐに駆け付けてくれた。


「ボクも助けて欲しい位なんだが……」

「大神直人さん。勿論、私がおります。梅香ですよ」


 背中を擦ってくれた。


「ああ、心から優しく美しい人なんだね。梅の女神とは、勿体なくて申し込めないや」

「申し込むとは?」

「あいや、んぐんぐ」


 危ない、俺の想いが漏れ出てしまった。独り言には、気を付けたい。


「この姿になってしまいましたから、【ニャートリーノ】は使えないですね」

「ボクを放水したり焼かないでくれるよね」


 背中を擦りながら、梅香さんが案を出してくれた。


「毒を食らわば皿まで。そうしましょうか」

「まさに、尾を踏まば頭まで。そうしますか」


 俺達の悪だくみが始まった。

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