第33話 私のサバト
「作戦、サバトとしよう」
「凄く悪いことしている感じがしますね」
俺の提案に梅香さんは頷いてくれた。
「作戦の前に、皆にお別れの挨拶をしたい。いいかな? 梅香さん」
「大神直人さんのお好きなように。どんなことにも首は縦にしか振りません」
どうしてか梅香さんの手を取りたい。でも、恥ずかしいし。いくら薄暗い中とはいえ、俺の良心がチクチクする。
「ありがとう。花園のドラゴンも今なら休んでいる。一緒に来てくれるかな?」
「はい」
本当に縦に首を振ってくれた。
「菊子さん。どうですか? ご機嫌は」
百合愛さんと一緒に夜を過ごしている所へ、俺達は、お邪魔した。
「百合愛がいるから、上々だよ。オレは労働もしなくていいし」
「ははは。百合愛さんが栗を集めてくれたものな」
「オレが頼んだ覚えはないけれども」
百合愛さんがどうして怠け者で生意気な口を叩く菊子さんをお気に入りなのか、皆目見当が付かない。
「その栗なんだけれどもさ。栗入りの蒸しパンってのがあるんだ。美味しいから、今度、百合愛さんと作って、できれば皆で食べてみて」
菊子さんが綺麗なグラデーションに染まった髪を掻き上げる。手櫛で、少しの乱れが生じると、百合愛さんがキラキラした瞳で見惚れ出した。
「テーブルロールは、面倒くさかったよな。大神殿。栗まで支度したら、もっと大変そうに思えるが」
「二人で作ればいいよ」
心の中では、結局、百合愛さんがせっせと作りそうだと思っていたが、菊子さんも変わるときが来ると期待した。
「百合愛さん。ブンモモモさんお乳に栗にと忙しかったね」
「そうでもないリン」
殊勝だな。いつも感心するよ。
「これからは、菊子さんを大切にするように、水仙さんも大事にしてね。あれでも、古い時代から来て、お疲れのようだしね」
「分かったリン。一応、血が繋がっているリン」
リンと話すとき、百合愛さんは顔を上に向けて笑顔を作ってくれる。だから、沢山の微笑を作るために、その可愛い口癖を忘れないで欲しいと思った。
「水仙さん。お孫さんを大切に想ってくれて、ありがとう」
「直坊。祖母として、当然のことよの」
似ているかと聞かれれば、水仙さんと百合愛さんは、バランスと瞳が美しくそっくりだ。やはり、血の繋がりは否めないな。
「魚は無理そうだが、水源が確保できるといいなと思っている。例えばだが、井戸から汲める可能性を探って欲しい」
「わらわは、伊達に名に水仙の水が付いておらなんだ。上手く叶えよう」
頼もしい返信をいただいた。約束を破る女神ではない。水仙さんなら、やり遂げるだろう。一つ安心をありがとう。
「秋桜さん。ご機嫌斜めが真っ直ぐになったかな」
「最初から斜めだなんてあり得ませんわ」
頬を膨らませながら話すのを他人はご機嫌よろしゅうないと思いますが。
「そうか。これからは、栞を仲良くするために使って欲しい」
「考えても構いませんが、裏切り者の菊子さんとそれを庇った百合愛さんだけは、除外だわ」
怒っている。怒っているよな。怖いだろうよ。睨み付けるのも結構だが、俺に向けるな。
「根に持つんだね。恋しか知らない内は、仕方がないか。いずれ、誰かを素直に愛せるようになれるよう祈っているよ」
「ふん」
鼻でお返事はお行儀がよろしくないですよ。お花の女神なんだからね。秋桜は、可愛いじゃないか。
「櫻女さん。菜七さんと不思議と体を動かしているけれども、何をしているの? 更には、見学している紫陽花さんがもっと分からないよ」
くねくねしたり、シャキシャキしたり、小さく手を叩いたり。
「踊っています。大神くん」
「ああ、音楽がないから、分からなかったよ」
三柱は、仲良しなんだな。
「花園のドラゴン様を起こしてはいけないでしょう? 鼻歌も慎んだわ」
「大神さん、食べたら運動しないとも思うし、踊るとさっぱりすると思うの」
「面白い二人です……。ふう」
俺からは、面白い三柱だとさっきから思っているのだが。用事を忘れる程、愉快だよ。
「作り損ねたが、マイマイネのグラタンとか、きっと美味しいから女神達で作って、皆でいただいて」
「大丈夫かと思うよ」
「ね、大神くんに教えて貰いたいです」
「微力なので……。ふう」
皆、ご謙遜を仰いますな。もっと自信を持ってもいいだろう。
「十分に魅力ある美味しいものを作れるだろう。おおがみファームで花園名物ができたらいいよ」
「大神直人さんは、皆さんを信用しております」
櫻女さんが事情を分かった感じで、小さく笑みを作った。
「花園の守り神は、旅立つようですね。まるで、お別れをするみたいです。大神くん」
菜七さんも寂しそうに笑った。謎の踊りを止めてしまい、俯いた後、涙を湛えて面を上げる。
「お別れなんですか?」
紫陽花さんも続いた。
「お別れは……。寂しい……」
俺は、仕切り直した。
「踊りの手を休めないで欲しい」
「どうしてですか」
「寂しくなるからな」
◇◇◇
皆から少し二人で離れた。ドラゴンの脇腹方面にいる。
「古代遺跡の上からは、四方八方から見渡せる。どこから見てもボク達の居所は分かってしまう」
「この階段になっている所の間が斜めになっているでしょう。その一つに穴があるのよ。たった一つの構造物に出入りできる所です。そして、中からは巣のオーロラが見えた筈です」
少しずつ、記憶が深い所から上がって来た。
「そうか! オーロラはきっと見える筈だ」
「私がニャートリーの頃、大神直人さんが誤って入ってしまいましたね」
俺は、不思議な世界が頭を過り、両手で頭部を抱える。
「ああ――」
「大丈夫ですか。大神直人さん」
梅香さんが、優しく頭を撫でて癒してくれた。
「石に手が張り付いたんだったな。身を左右に捻って暴れると、手にくっついたままボクが後方へ下がって行くと石が少しずつ下がったんだ」
どんどん後退りをして行く。石の奥が深い。これは、思ったよりも難儀な技だ。にじりつつ後ろへ行くのも飽きた頃に、やっと抜けた。穴を観察すると、ボクは背丈があるから、狭くて難しい。こんなとき、ニャートリーだったら、猫のひげがあって、よかったと残念に思ったものだ。
「確か、偶々空いた石の穴は諦めて、右手へと進み、他の穴を探した所、蔦が目立つ程垂れている所があったんだ。暖簾のように蔦を潜って行くと、死ぬかと思う程の蔦から電撃で、勢いよく古代遺跡の一歩奥まった所へ入った」
背中はかちかち山だったが、杞憂に終わった。急に、したりと襟足に感じるものがあり、水滴だと分かる。中は涼しい。
「天井を確かめると、高さは、中からで三メートル程だ。薄暗く見通しは悪いが、分かったのは、氷柱ばかりで紫煙が取り巻いていた」
「仰る通りだと思います」
どうする。これは、打ち明けるか?
「そのとき、想ったのは、誰あろうニャートリー先生の姿だった梅香さんだ。友達になって欲しいと願っていた」
「本当の話ですか?」
いけない。やはり、内緒の話だったな。
「んがんがんんが」
俺は泡食って、そっぽを向いた。
「誤魔化したら駄目ですよ」
「それでだ。急に閃光が天井らしき方から差し込んだとき、太陽とは違うと気が付いた。オーロラだと知った訳だ」
まさか、ドラゴンの巣だとは思わなかったがな。
「それで、サバトとはなんですか?」
「これから、七柱の女神にやって欲しいことがある」
察しのいい梅香さんは、口元に手を当てた。
「まさか!」
「ご明察だよ」
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