第34話 古代遺跡は魔女の夜宴

「七柱の皆には、踊り明かして貰いたい」


 直ぐさま実行に移した。夜は短く感じる。猶予はない。櫻女さんと菜七さんが踊っている所へ行くと、不思議な光景となっていた。


「紫陽花さん。どうして踊っているの?」

「お別れ……。寂しいですから……。ふう。がんばっています」


 音楽はなくとも、今度は三柱揃って、ステップを踏んでいた。


「いえーい。皆、いいねえ」

「そのまま踊っていてください。他の方を呼んで来ましょう」

「ボクも行くよ」


 百合愛さんと菊子さんの所には、水仙さんが来て、話し込んでいるようだった。


「わらわは、特段の感情がある訳ではないぞ」

「どうしたんだ。感情とは、思い遣りかな? 気負わずに、あちらでダンスをしようよ。ドラゴンの翼付近で、三柱が踊っているんだ」

「大神直人さんとのラストパーティーにしましょう」


 俺と梅香さんは、水仙さんの重い腰を上げさせた。所で、どんなダンスを披露してくれるのだろう。


「直きゅん。ラストパーティー?」

「大神殿。それって」


 二柱が、ハッとした顔をして、こちらを向いた。


「駆け落ちするのか。花園の守り神?」

「花園のドラゴン様がおいでなのに、どうするリン」


 二柱が心配している。だが、梅香さんは、鈴の音を転がしたように、笑った。初めて惚れ込んだ女神が、オーロラを背景に頬をピンクに染める。冬から春を告げる梅の花らしさがよく表れていた。


「大丈夫ですよ。私達は、大丈夫なんです」

「……梅香さん。とても毅然としていて、輝いているね」


 俺は、グイグイと惹かれて行く。もう、どうにも止まらない。駆け落ちとは、言い得て妙だ。


「オレ達で行くよ。ダンスなら、得意だものな」

「がんばるリン。きっと幸せに繋がると思うリンリン」

「わらわでよろしければ」


 三柱は、直ぐに向こうの踊っている輪に入って行く。俺達は、安心して、次のターゲットを目指した。


「秋桜さん、ご機嫌いかが?」

「私達、今夜から花園を去ります」


 ぶすくれていた秋桜さんが、目を見開いたかと思うと、大きく溜め息を吐いた。


「皆……。そうして、離れて行ってしまうのね。一人ぼっちなど、好きでしているんで、構いませんわ」


 隠せない寂しがり屋が出たな。ツンツンなんだろうか。


「だったら、なおさら、皆と一緒に踊り明かそうよ」

「秋桜さんが嫌った魔女が去るのです。盛大に送り出してください」


 秋桜さんは駄目かと思ったけれども、黙って踊りの輪へ、向かってくれた。背中に物悲しさを感じる。どこかで、仲間と上手くやって行くステップを踏み間違えただけではないのだろうか。


 ◇◇◇


「魔女の夜宴、つまりは、サバトを開きます。――ここにお越しの皆様は、女神だとか? あっははは。女神なんていないのです。皆様は、女子高生の亡霊が美しい器に入っただけだと、ご存知ない。魔女の梅香は、実は亡くなっていないのです」


 俺は驚きのあまり、生唾を飲み込んだ。


「梅香さん、転生ではないのか! 生きながらに、花園へ来たり、ニャートリー先生になったりとは、どうなっているんだ? ボクにはさっぱり訳が分からないよ」


 梅香さんが一つ大きく笑った。これは、サバトのための演技なんだろうか。どこまで信じていいのか分からずに、戸惑うばかりだ。


「これは、サバト……。魔女のための夜の集い。さあ、宴をしましょう! 踊るのです。元花園の守り神の力によりて、朝の日差しが我らを別つまで、踊り給え――!」


 サバトって悪魔が主導するんだよな。俺も一役買うか。


「ああ、あー。ゴホン。俺は悪魔の大神だ。名に冠するは、大いなる神だが、その実、絶大なる悪魔だ」


 凄く幼稚で恥ずかしい。


「悪魔の俺様をサバトで喜ばせてくれ。人間どもに魔女の力を見せ付けるのだ!」


 踊りながら、皆がどよめいた。真面目な女神から、質問が飛ぶ程に。


「大神くん。私達は、その実、魔女なのですか?」

「俺様は悪魔だ。今宵、ひとときは、魔女として踊れ。魔女の踊りに相応しい歌もだ。騒がしい程に心地よいぞ」

「そうです。皆、踊り給え――!」


 俺の暗に示したのが通じたかな。梅香さんも中々だ。それにしても、歌って、分からないよな。校歌を歌われてもおかしいし。


「ハー。アアアアアラララー」


 梅香さんが歌い出した。聞いたことがない歌だな。でもこれをプライマーに成功するといい。


「ラー。フフフンン……」


 輪の中から歌声が漏れ出した。よっし。


「俺様のために、皆、歌い明かせ、踊り明かせ! 夜の帳を我らがものに」


 小さかった歌声が大きくなり、次第にダンスもノリがよくなって来た。その内、不思議な歌が一つ流れ出した。


『我らは、花園に集いし花の女神達。転生を繰り返す度、季節の花から召喚されて、花園に彩を与えし者ども。いつの世にか、喧嘩もし、いつの世にか、親しくなりて。春は桜に菜の花、夏は紫陽花に百合、秋は菊に秋桜、冬は水仙と揃いけり。今は八柱目を失おうとしておる。そは、梅香。貴殿は魔女の中の魔女――』


 その歌を聴いて、梅香さんは、ひやっとしたようだ。


「おお……。別れの前に、八柱目と認めてくださるとは。今までの自身の意識を恥ずかしく思います」


 ドオオン! 花園のドラゴンが、巨体を揺らし、オーロラの巣より首をもたげる。


「今宵は、騒がしいのう。我が、うつらうつらとしておったが」


 俺は、梅香さんに囁いた。


「花園のドラゴンの気が、サバトに向いている内だ。電気蔦のある方へ行くんだ」

「大神直人さんは?」


 梅香さんの手を引き、古代遺跡の右手へと素早く回った。


「勿論行く。梅香さんを見守るために、一歩後から行くよ。ドラゴンの尾を踏むようで、相当危険なんだ。毒を食らわば皿まで。レベルの高い悪いことをするには、開き直りよりも慎重さを徹底しなければならないだろう」


 ぐるりと古代遺跡に沿って回ると、階段状の間には、あの背中が焼けたと思った電気蔦が前よりも多く茂っていた。


「ここが入り口だ。そして、もう出られないと思って欲しい。皆とは、お別れできただろう?」

「急なことで、上手くできたかどうかは分からないのですが」

「サヨウナラとは、突然来るものだ。別れに上手も下手もない。苦みと甘みだけだ」


 俺は、唇に人差し指を当てた。せっかく、サバトで目くらましをしている所だからな。


「あっ」


 小さな悲鳴を残して、梅香さんは、電気蔦に消えて行った。


「せえの!」


 俺も直ぐに後を追う。


「うおお……」


 黙れ、黙るんだ。それにしても背中が灼熱を潜ったかのように熱い。電気で火傷を負ったようだな。中は、オーロラがあっても薄暗い。梅香さんと合流しなければ。


「ぎいえ!」


 俺の手にヒタリと触れるものがあった。まさか、まさか。まさかだよな。

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