第22話 ラスト女神はどこにいる

「花園のドラゴンさん、お久し振りだニャ」


 ニャートリーの挨拶を皮切りに、続々と波紋が広がった。


「花園のドラゴン様ですか!」

「花園のドラゴン様だと思うの!」

「花園のドラゴン様です……」


 櫻女さんと菜七さんと紫陽花さんが、さっとスカートを畳みながら、花畑の上で天で手を擦り、地に両腕とおでこを付けるように拝んだ。


「花園のドラゴン様だリン」

「花園のドラゴン様だ!」


 百合愛さんと菊子さんも目を丸くした後、櫻女さん達と同じように、拝み出した。一種の儀礼なのだろう。


「花園のドラゴン様ですわ」


 秋桜さんは、恐れおののき、拝礼を忘れていた。だが、暫くして、皆と同じように拝んだ。


「花園のドラゴン様とは、ごきげんよう」


 余裕綽々な水仙さんだったが、咳払いを一つした後、同様に拝み、敬意を払った。


「これが、花園のドラゴンの威力か……。凄いな。姿は、水を司る水竜でもあるし、炎を司る火竜でもある。くああ! カッコいいな」 


 ゲームでドラゴンはスライム何万倍分、いや、何億倍分の強大さなのだろうか。


「我も随分と眠っておったわ。その間、花園の守り神がきりもりするように頼んでな」


 そうだ。【ドラゴン放水】も【火炎ドラゴン】もニャートリーだけの特別な技だったっけ。


「ニャートリー先生だけ、さん付けだったな。もしかして、とても偉い猫鶏さんなのか?」

「そ、そりは、秘密だニャン。ニャラリーラリ」

「変わった口笛だこと」


 皆は、礼拝の姿のまま、じっとしている。畏怖の念もありそうだな。


「我に叶えて欲しいのは、収穫祭の成功か。ドドドン」

「ボクが望むのは、楽しいスローライフだ。下手に揉めたりしないで欲しい。そこの解決に突破口が見えなくて、ニャートリー先生を介して、お願いしたい」


 俺は、立ったままだが、腰を折って頼んだ。


「フホホホ……。容易いことよ。時を遡り、元凶を見てみようではないか」

「原因は、分かった方がいいな。それから、収穫を行おう。皆のごちゃごちゃした記憶をさっぱりさせて、楽しい花園にしようじゃないか」

「いいと思うニャー」


 花園のドラゴンとニャートリー、俺の意見が合致した。所が、面を上げて、櫻女さんが口を開いた。

 

「待ってください。大神くん、収穫そのものは、簡単です。私達の特技を使ってできます」


 それに、秋桜さんは、ひれ伏したまま願った。


「大神直人さま、【八栞】が騒いでおります。我らの哀しい記憶を飛ばすのは、ご勘弁ください」


 一部の意見を通す訳にはいかない。


「かなり悩んだが、前言撤回だ。皆がエモみがないと駄目だろう。秋桜さんも堪えて欲しい」


 花園のドラゴンが動いた。


「面を上げて構わない。ドオオン。どれ、守り神よ。我は収穫を待つが」


 チョンチョンとやって来たニャートリーの話に、俺も耳を傾ける。


「櫻女さん。大臣の小麦からやってみるニャ。花園のドラゴンさんにご奉納するがいいニャン」


 櫻女さんが首肯した後で、手を広げて揺れ出した。


「桜の女神、櫻女が命ずる、【散桜】よ、小麦を我が胸元に集め給え――!」


 あっと言う間に、櫻女さんの胸元に小麦が束になって行った。


「さて、菜の花の女神、菜七が命ずる、【抱菜】よ、蔬菜をそれぞれに我が傍に集まり給え――!」


 先程いただいた、ジャガイモとトウモロコシにトマトとマイマイネが、菜七さんの周りに分かれて上手いこと収穫された。俺も手伝おうかと思ったときだ。


「紫陽花さん! 大丈夫か?」

「ふう、その……。後で分かるように札も立てて綺麗にしたいのです。ゆっくりと作業したいです……。ふう」


 紫陽花さんが、茸以外にも手を貸してくれるのか。いい人柄に惹かれるものがあるな。


「よし。頼んだよ。茸があったら、それもよろしくな」

「菌床栽培にも適応できるようです……。ふう」

「随分と、進んでいるな!」


 俺は、驚くしかなかった。


「しかし、やったな。収穫して来ているじゃないか」


 特に険悪な様子もないので、次もがんばって欲しいと思う。


「百合の女神、百合愛が願う。【猛愛】よ、仔を産んだブンモモモさんから、搾乳し給え――!」


 鍋に入ったお乳が来た。


「殺菌しなくて、大丈夫なの? 百合愛さん」

「ここは、【火炎ドラゴン】をお願したいリン」


 かまどに鍋をかける。


「ニャートリー先生。一発、頼む」

「ニャ! 花園のドラゴンさんの前では、恥ずかしいニャン」


 ピンクのふわもこがクルクルと困っていると、カッコいいドラゴンが動き出した。


「我の火炎は、厳しいぞ」


 俺は、ゆっくりと頭を下げた。


「極力、弱い火で焼いてみようかいの」


 ボ、ボボボボ……。竈の下だけ、火が起こった。


「うわあ! カッコいいぜ!」

「序の口じゃがな」


 謙虚な花園のドラゴンのお陰で、ミルクも殺菌できただろう。火の守りは紫陽花さんが引き受けてくれた。結構働き者だ。


「さらに、願うは、【猛愛】よ、栗のいがを取りて、集め給え――!」

「クリ、クリ、栗!」


 本当に、この場まで栗が集まって来た。花園の上に栗山ができる。だが、喋るとは、聞いていなかった。


「段々と収穫が進んで行くと、楽しいお祭りをしたくならないか? 皆、わちゃわちゃしていいんだよ」


 百合愛さん、菊子さん、秋桜さん、水仙さんらが視線を絡め合い出した。この四人が主に花園のラプソディーを起こしているのかも知れない。しかし、ほじくると、苦界が待っていそうだ。


「終わった順に、ゆっくりとしていて」

「大神くん。収穫祭って、集めて終わりなのですか?」


 いいご質問だ。


「楽しい食べ物を作ったりもするよ。そして、食べよう。皆もお腹が空かないかも知れないけれど、雰囲気かな」


 次は、厄介な秋桜さんの花卉だな。どうもって行こうか。


「そうだな……。花の方はどうだい? 秋桜さん」

「花卉ですが、冬の花がもう一つ咲きましたら、集めても構わないと思います。元々、私の特技は、【八栞】です」


「冬の花? 水仙さんがいるが」

「女神は、八人いる」


 再び固唾を呑んだ。


「女神は、八柱いると……?」


 俺が混乱したとき、花園のドラゴンが、天空へ向けて翼を広げた。

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