第13話 わちゃわちゃの足音

 ニャートリー先生の【ドラゴン放水】を受けた菊の成長は、早かった。こっそりではなく、皆の前で、すくっと真上に伸びる。花弁は華奢でもふっさふさに丁寧に花開く。そして、中から、金髪のJK女神が現れた。思ったよりも身の丈がある。それは、菊を模しているかのようだ。


「おお! 新しさを感じる。このJK女神は、誰なんだ?」

「任せるニャン」


 丁度、ニャートリーが五柱目の女子高生女神にスポットを当てていた。後ろから風を感じて振り返る。ニャートリーが滑空し、すかさず啼いた。


「この女神のニャートリーノ投影!」


 ニャートリーから女神様の後ろに大きくブルースクリーンが出された。


 ◆菊の女神◆菊子きくこ・特技【雅塚みやびづか


「オレ、女神だからさ。一応、女だぜ」


 菊子さんは、親指で自身を指していた。仕草もそうだが、ルックスも男らしい。積極的に女子だと、周りに訴えていた。だが、それは嫌味のないさっぱりした感じだ。


「そうか、菊子さんか。素敵じゃないか。えっと、その。菊子さん。初めまして。おおがみファームの大神直人だが」

「低姿勢の男は嫌いだよ」


 菊子さんは、自身の首の前で、親指を横に切った。要するに、俺が不要だとでも表したいのか。


「そんなに腰低いかな。ボクもがんばっているが」

「喧嘩は売ってないよな? 大神殿」


 ここで揉めるのは、いい結果に繋がらないな。違う方向へとごまかすか。


「おお。塚的づかてきだな。【雅塚】もここから来ているのかな?」


 俺と同じように、顎に手を当てて考えている。ちょっと鏡の仕草は苦手かも知れない。


「そうだな。塚は、兵庫県ひょうごけん宝塚市たからづかしから来たからだよ。そこの女子じょし紅花べにばな高等学院こうとうがくいんさんあか組。演劇部えんげきぶで、部長をしている」


 塚に反応してくれてよかった。


「演劇部かあ。それに、宝塚だと、女性の園を感じるな」

「オレらが、特別な関係にあるとでも? 確かに好きな女性はいるが」


 ほっとしたのも束の間だったか。


「わちゃわちゃ、わちゃわちゃっと。危ない、危ない。同性の恋人って素敵だよね。ボクは、青春の翳りを感じるよ。でも、男性同士で恋人はいないけれども」


 適当に理解している風に繋げよう。決して、嫌ってはいない。


「それは、遠巻きにいるだけの恋だ。大神殿、本当に恋愛関係になれば、深い仲となる。恋しい気持ちだけではなく、独占したり、嫉妬したり、汚い感情にも振り回される。辛いぜ……」


 さり気なく、適当に理解していることが、バレてしまった。実に気まずい。また違う方へ行かないとならないな。


「百合愛さんは真っ赤な髪だけれど、菊子さんも印象的だね。好感度上がるなあ」


 菊子さんが、髪をくりっと弄り出した。しまった。俺の失言か。


「金髪なのは、役で染めたからなんだ。段々と下に紫へとグラデーションがかかるのは、気に入っている。制服は、如何にも女子だってならないで、黒いシャツに水色のネクタイが男らしくていいよ。でも、触れば女だって分かるさ」


 普通の反応で、よっし。さて、このまま話をまとめて、おおがみファームの話に繋げないとと思考を巡らせた。


「五柱目の女子高生女神は、菊子さんだったのか。秋らしい。九月九日は、重陽だし、勿論、菊だから、縁起のいい人だろうな」

「大神殿。どうした、急に持ち上げてさ」


 さっと立つポーズも決まっているなと思うよ。カッコいいな。しかし。


「こちら、櫻女さん、菜七さん。二人共、春の花だよな。そして、こちら、紫陽花さん、百合愛さん、夏の花だよ」


 対面式みたいだが、名前を紹介するのも農場長の仕事だろう。


「こちらは、菊子さん、初の秋芳しい花だね」


 このとき、わちゃわちゃの歯車が動き出したとは、俺は気付かなかった。


「皆大臣をしてくれているんだ。先ずは、櫻女さん」

「私は、『米大臣』です」


 秋でも手を振ると桜の花弁を散らせる。どんな自己主張だろう。


「次は、菜七さん」

「沢山育てられそうな『蔬菜大臣』だと思うの」


 ほわっと笑うと、背中に菜の花を背負ってしまう癒しのパワー、健在だ。


「それから、紫陽花さん」

「茸とエスカルゴです……。この世界には、エスカルゴってあるのか分からないのですが」

「毒見で通して行けるよ。ボクが見極めるから。『茸蝸牛大臣』だったよな」


 紫陽花さんのしっとりとした雰囲気が、六月を思わせる。きっと栽培にも役に立つだろう。


「さっき、決まったばかりの百合愛さんは、実物をまだ見つけていないのだけれども」

「お乳を出す動物を探すきゅん。きゃーん。お乳だって、恥ずかしいリンリン」

「食べ物に使うのに、恥ずかしい気持ちはないよ。百合愛さん」

「直きゅん、価値観は、人それぞれきゅん。『乳大臣』リンリン」


 一丁前、喋るなあ。大臣名は未定な筈だったし。


「菊子さんには、果樹大臣をお願いしようかな。この辺、栗に似たものがあるし、他にも散見するしね。育てなくても今から食べられる。秋らしい収穫だよ」

「栗? 栗などを食したいのか」


 菊子さんは、腰に手を当てて、ご立派な雰囲気はレギュラー満タンだ。


「そうだよ。おおがみファームの仲間同士、上手く働こうよ」


 細い手が挙がった。ぴょんぴょんと幾度も。


「待って! 直きゅん。お乳の動物も栗拾いも両方するから――。だから、待って!」


 俺の足に絡まるように、わちゃわちゃの音が聞こえ出した。

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