第14話 イチャわちゃの恋

「来たな、わちゃわちゃ。どんなわちゃわちゃだ?」


 花園と畑の緩衝地帯を目に見えない複雑な糸が転がって、次第に毬藻のようになって行く。


「自己主張が強い真っ赤な糸と煌びやかな金の糸が、程よくパンゲア大陸ようこそとばかりだ」

「三畳紀は過ぎたと思うよ。大神さん」


 あれ。癒し系にて、インテリな側面もあるんだ。菜七さん。それとも、いまどきは、習って当たり前なのかな。


「ともあれ、見事な毬藻を作ってしまう位、百合愛さんと菊子さんには溝か絆があるのだろうよ」


 俺もそんなに勘が鈍い訳ではない。


「大神きゅん。イチャイチャはするけど、わちゃわちゃって分かんないきゅん。楽しくするなら、百合のしべのように、ゆらゆら揺れるリンリンって音がいいじゃーん」


 唇の前でバッテンを作ってくれた。可愛いと思っているのだろうな。女子高生だった彼女らが、開花の召喚で女神として現れたと俺は思っている。だから、色々な技を持っていたりしても、中身は素のJKの可能性が高い。


「ボクにできることは、エモいスローライフを通じて、皆が快適であればいいと思うな。だからって役割がないと飽きちゃうから、某か大臣をがんばって欲しいよ」


 真面目な櫻女さんは、首肯し、心の広い菜七さんは、微笑みで返事をしてくれている。


「それができるのが、おおがみファームだ。無理はしなくていい。栗が苦手なら、農場長のボクも考えるよ」


 菊子さんと百合愛さんの方に目をやると、手を後ろで繋ごうとしていた。


「恥ずかしいの? そうしていたいの? どっちだろうね。ハハハ」

「あーん、バレちゃったなあリンリン」

「大丈夫、オレが守るから」


 菊子さんが百合愛さんの腕を自身に寄せて、腰へ手を回すと、二人の首が交差する。


「オレは、特別に感じているんだ。百合愛」


 来た。わちゃわちゃって、来た。これが、イチャイチャとの違いか。


「そもそもの定義を求めているボクが間違っていた。どっちでもいいんだ!」

「分かった? オレの恋人」

「体で示さなくてもいいだろうよ。ボクなんて、彼女いない歴イコール年齢のおっさんだよ。大学生だよ」


 ムキになることないのにな。ただ、俺にとって新しいだけの理由で、この二人ができていることを飲み込むのには時間を要するだろう。


「よし、それもエモみの一つでいいだろう」


 俺自身へ頷いている。こくこく、こけしの首が取れそうだ。


「許可、要らないじゃーん。ねえ、菊きゅんリンリン?」

「そうだよ。オレ達の間には、エモいスローライフって訳の分からないものは要らない。食べなくても生きて行けるしさ」


 そうだったな。俺もお腹がそれ程空かない。


「どうして、生きていられるんだい?」

「ニャ! よけいなことは話さないで欲しいニャ、女神達。これは、花園の守り神からのお願いニャリヨ」


 五柱の女神は揃って黙りこくった。でも、俺はおおがみファームをがんばるのを楽しみにしていたんだ。二つのすり合わせは難しいな。


「食べ物については詮索しないよ。それよりも、先程の話に戻るけどな。百合愛さん、お乳の動物も栗拾いも両方するから待って欲しいと、しっかりと意見を寄越してくれたよね。理由があるのかな?」


 潤んだ瞳で訴えて来た。どうしたんだ。気が強そうでおきゃんな感じだったのに。


「直きゅん、【猛愛】を使う……」

「ふむ。猛獣ならぬ【猛愛】か。それで、家畜を探すのかい?」


 抱き合うのは、暫し休憩らしい。ほぼほぼ他人事だ。でないと、目も当てられない。


「百合愛! 【猛愛】は駄目だ。君が愛される対象になるだろう。オレは許さないよ。オレだけの百合愛でいてくれよ」

「強引にでも手懐けられるんじゃん」


 俺としては、エモいスローライフに欲しい特技だな。


「どんな生き物を馴らしたいんだい? ボクはこの世界のことをよく知らなくて」


 そのときだった。真っ青な空から、太陽を背に点ができた。次第に大きくなって来る。近付いている印だな。


「あ、鶏だ。いや、猫だ。猫鶏だ」


 空を飛ぶ位、自由だけれども。高い空から俺の傍へやって来て、肩を止まり木にした。


「ニャーン。分冊もあるニャリヨ。花園の畜産についても触れているニャーヨー」


 再び、ニャートリーが重そうなものを落とす。


「これだ! ありがとうな、ニャートリー先生。『アグリカルチャー・アカデミー・生産加工編』とはいい感じの分冊だ」

「やったニャン。生ものでも海亀化でもない、役に立つ花園の守り神でいたいニャ」


 自尊心を切り裂いてしまったか。プライドもあるだろう。微塵も見せないのが、殊勝だが。


「ごめんよ。もっと、ニャートリー先生のこと褒めるからさ。偉ぶらない所が、心掛けのいい守り神だと思ってる。自信をもって欲しい」

「初めて褒められた気分ニャ。嬉しいニャン」


 俺の肩から、嘴でグルーミングを始めてしまった。


「痛い! 俺の髪だ、そりゃあ」

「清めないとならないニャンよ」

「春の女神! そこ、笑わないで」


 ニャス、くくくく、ニャス。


「変な笑い方だな。ニャートリー先生は、ふわもこだけれども、他のJK女神みたいな人型制服姿にならないのかな?」

「失敬な。神聖な存在のため、器がいるニャリ」


 こ、怖い。


「風船みたいなのかい」

「答える義務を持たないニャン」


 嘴を上にグイッと上げて、ドヤ顔になった。だからって、生もの呼ばわりはしないから、安心して欲しい。これ以上は、ニャートリーの繊細な部分なのだろう。


「――いつか、ニャートリー先生から話してくれる日が来ると思うよ」

「じゃじゃじゃ、じゃーん! とうとう【猛愛】をリンリンするからね!」


 出た、口元バッテン娘。これから、家畜が来るのだろうかね。

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