第3節 秋は収穫が似合う

第12話 毒を吐け

「んー。紫陽花さんに『茸大臣』は、カタツムリと抱き合わせ販売しているようだ。咲いた紫陽花にはよくいて、可愛いからな。ちなみに、エスカルゴって小松菜畑の跡地にできたんだが、レストランの名前なんだよ」

「きゃーん。カタツムリを食べるんですか? 直きゅん」

「それは、食用だから。ボクも大好きだよ。小さい頃連れて行って貰えたレストランだったしね」


 ドタッ。


「美味しくいただきました……。ふう」


 煙であまり分からなかったが、紫陽花さんの倒れる音がした。遅かったかと、俺は震え出す。


「だめだっ! 紫陽花さん! どれかの茸が危なかったのだろう」


 俺は、顔面蒼白になった。そして、周囲はまっさらな程静かに波打つ。俺の心の奥から声が聞こえて来た。俺は、本当の自分と出会おうとしている。時間がない。間に合わせるんだ。急ぎ紫陽花さんに駆け寄った。


「消え入りそうに、七色に輝いている」


 紫陽花さんはぐったりした感じで、覇気がない。


「大神くん、紫陽花さんを助けてください!」

「大神さん。お願いしたいと思うよ」

「直きゅん……。どうしたの? 紫陽花きゅんは?」

「紫陽花の女神だけが毒を喰らったのかニャ?」


 女子高生女神が皆、案じている。俺は、紫陽花さんを跪いて抱えた。


「……がみ。大神様……」

「生きているよな? 紫陽花さん! しっかりしてくれ」


 もう一度、横向きで膝を折った姿勢に寝かせ、頬をぺちぺちと叩く。これでは物足りない。紫陽花さんの手首に俺の三本指を添える。


「脈が、ない?」


 俺は、恐ろしくなってしまった。今まで、家が店屋なものだから、ペットも飼ったことがないので、死を知らない。


「いくら大人しいとはいえ、のんびりし過ぎだろう? な、目を覚まそう……。紫陽花さんとは出会ったばかりなのにどうしてかな。他人とは思えないこの世界の仲間としての絆が強くなっている」


 最善の策はないのか。こんなとき、ニャートリーは姿を消している。俺が考えないとならない。考えるんだ。考えるんだ。考えるんだ。


「かなり虫の息だ。皆で、名前を呼ぼう。目覚めて貰わないと別れてしまうかも知れない。分かったね」


 女子高生女神、三柱に訴えた。


「皆! 紫陽花さんを茸の闇から引き出して」


 真っ先に櫻女さんが項垂れた。その手から桜がひらりと舞い散った。


「私の【散桜】では、茸が元気になってしまうでしょう。ごめんなさい、紫陽花さん」


 菜の花色の髪をなびかせて、眉根を寄せている。紫陽花さんのことを気遣ってくれているのだな。


「でも、ここで【抱菜】を使うと、もっと増えてしまうから、茸が特定できない内に使わない方がいいと思う。それから、神法の校則に違反すると思う。二つの能力は一度に使うと、『混ぜるな危険』になるって女子高生女神になる前に学んだ覚えがあると思うの」


 そうなんだ。だとしたら、俺からも気を配らないと危ないな。


「きゃーん、とんでもないときに来ちゃったな。しっかりだよ、紫陽花きゅん。一緒に産まれた仲間でちょ。女の子だから、【猛愛】を出してもいいけれども、解決にはならないじゃんね」


 皆の声を噛みしめて、拳をぐっと握り、決意をする。


「そして、俺からだ。嫁に貰ってもいいから――! ほら、目を覚ませよ!」


 俺の心がある辺りから、七色の光が放射線状に発する。紫陽花さんと結婚したいと、心底思っていない筈だが。


「……あ。ありがとうございます。……ふう」


 虚ろなまま、瞼を起こした。脈を取ると、トクリと動き始めた。今思ったけれども、女神に脈があるのだろうか。


「キャー! 嬉しいです」

「わあ! よかったと思うよ」

「やるじゃん」


 向こうを見せる。


「ほら、他の女子高生女神達が祝福しているよ」


 俺に抱き起こされながら、語りたいことがあるようで、口をもごもごとしていた。すると、巨大な茸の欠片が、口から零れて来た。


「もしかして、喉をつまらせたのかな?」

「大神様……。茸を増やしてしまって。お詫びにと茸焼きの毒見をさせていただいたのですが、ひっくり返ってしまいました。……ふう」

「落ち着いて食べれば大丈夫だよ」


 ただでさえ、俯き加減の長いまつ毛をぱさりと羽ばたかせる。優花の睫毛が十ミリだと計ったことがある。紫陽花さんは、恐らく十三ミリもの魅力で、マッチ棒が踊れるよ。その目元には、フレッシュさはないけれども、ある意思を感じさせられる。


「よーし! 茸を囲む会、全員参加のラスト異世界おおがみファームだ。農場長としても楽しく盛り上がろう! 大きいものは、よく噛んでな」


 ◇◇◇


 ニャートリーは嘴をカッと開いた。


「花園の守り神が命ずる。【ドラゴン放水】で、種に祝福を!」


 実は、紫陽花さんと百合愛さんの大臣を決めていたときに、姿が見えなかったニャートリーが戻って来ていた。


「茸食べ過ぎたニャー。産卵が始まってしまったので、木陰の裏でがんばったニャリ」

「お花摘みに行ったみたいに扱わないでくれよ。夢が崩壊するだろう」


 もっと、おしとやかとか慎み深くとか、ないのかな。猫鶏の価値観は異なるのか。待てよ。花園の守り神って肩書きはどうした。まあ、JK女神を引き続き産んでくれたが。


「茸のお陰か、元気になったニャン」

「それはよかったけどさ」


 皆で、残りの卵を回収に向かった。


「今度の卵は、黄色だったね。どんな感じの女子高生女神と出会えるのかな。まあ、待つ間に、『小麦』とどんな種か分からないけれども『蔬菜』を植えよう」


 卵ごと、畑に直植えする。作業しながら、小麦を語ろう。


「ちゃらりー。『小麦』は、大麦とは別で、粉末にして食べ物へ形を変えるものなんだ。パン、ケーキやお菓子、ピザ、うどんやラーメンなどの麺類、スパゲッティで顕著なパスタ、他に、天ぷらや唐揚げの衣などに使ったりするんだ」


 沢山産んでくれたが、皆で作業するとあっと言う間だ。


「蕎麦は、蕎麦粉を使うから、気を付けような」

「大神直人さんは、どうして、詳しいニャリ?」


 それ程、通でもないけれどもな。でも、ニャートリーからは農業の話に明るく見えるんだろう。


「好きだからだろうな――」


 俺は、一言呟いた。本当の気持ちだと思う。話さない花で覆われている世界と、お喋りなJK女神が、せめぎ合っている感じを受けた。ここは、不思議な所だ。けれどものんびりと過ごせる。


「わちゃわちゃ、わちゃわちゃ」

「ニャートリー先生、JK女神? どう騒いだら、わちゃわちゃになるの!」


 ここに、ゲームがあればとは、あまり思わなかった。

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