第5話 奥深い古代遺跡でほわちゃ

 俺は額に指を添えながら熟考し、答を導き出した。 


「名ナシはいけないな。調べたいが、術はないかな?」

「大神直人さん、見直したニャ! 嬉しいニャーン」


 ぐるぐる回る。ピンクのふわもこがぐるぐる回ると、綿あめになってしまうよ。


「そうでもないよ。単なる好奇心だよ。でも、好奇心が探求心となって、いい研究ができるんだろうね。本当なら、卒業したら、院に行きたかった。試験が夏休みだから、行けないかも知れないな」

「院?」


 止まったら、やはり猫鶏だった。


「あーあ、あずま大学大学院農学研究科の育種いくしゅ遺伝学いでんがくを専攻したかったよ」

「下の世の中には、目新しいものがあるニャン。脳がよくなりそうナリニャ」


 珍しく、ニャートリーは、首をカクカクとして、鶏っぽく歩く。一声、コケコッコーが来たら、鶏猫なんだがなあ。可愛いピンクに翻弄され出したようだ。


「アグリカルチャーは、いいぞ。夢を諦めてはいけないな。夢を追うのが夢だよね」

「いい夢だニャン」


 コイツとは、いい悪友になれそう。


「あれ、おおがみファームがんばるの話は、どこへ行った。寧ろ、ボクの夢にマッチした世界に来たものだな」

「それなら、これニャ」


 ニャートリーが往復九分で、書物を落してくれた。


「ナイス!」


 あずま大学バカンス中のスローなシナプスにビリビリとがんばるものが走った。勢いづいて速読で全部読み切ってしまった。


「これだ! ありがとうな、ニャートリー先生。『アグリカルチャー・アカデミー』とはいい感じだ」


 分からなかった植物は、マイマイネというこの世界独特のものらしい。すうっと立ったかんにくりくりとマカロニ状の実が可愛い。食べ方は、工夫するようにと書いてある。


「マイマイネか。主食のパスタによさそうだな」

「大神くん。分からないのは、食べないで、ポイです」


 櫻女さんが、俺を肘で突っつく。そのとき、ニャートリーは天空を回っていたが、聞き耳を立てていたようだ。俺の方へ滑空して来た。

 

「ぐえ!」


 肩へ突撃するように俺にぶつかる。うっかり、反応が遅れてしまった。菜七さんもすかさずフォローに回ったが、つまらないことで空気が淀んだ。


「櫻女さん、そんなことないと思う」


 肩に乗っていたニャートリーが、櫻女さんに向かって行く。可愛いがられるよりも物事の天秤になっているのか。株が上がったよ、ニャートリーよ。


「花園の守り神のご登場ニャリヨ。嘴は儚くも美しい牙」

「どうしたよ。おかしなことをほざいて」


 突っつき。突っつき。つつ、突っつき。


「大神くん。私ではどうにもできませんから、花園の守り神から守ってください。痛い、痛いです」

「フンニャ。櫻女さんは、女神になる前は、クラス委員だったニャッ。出欠を取るのも担当教諭の代わりで、チャイムを過ぎた生徒をチェックすると、遅刻していないと抗議に来られることも少なくなかったニャ」


 突っつき。つつつ、突っつき。


「ニャートリー先生よ、どうした」

「だからニャ。櫻女さんは、真面目なんだが、態度がアレなんだニャー。頭痛いのはまとめ役ニャリヨ。制裁としての突っつきは、この程度で許してやるニャ」


 ニャートリーは遥か高くに飛んで行った。照れているんだろうな。悪友め。


「た、助かりました。どうして、こんなことになったのでしょうか?」

「櫻女さん、ものは大切にしないとだね」

「食べてみてから、考えてもいいと思う。櫻女さんは、大神さんの調べたマイマイネを食べられないと一蹴した記憶が薄いと思うよ」

「菜七さんもこう言っているし、後で調理をしような」


 俺、庇って貰ったんだ。菜七さん、特にニャートリーだって、俺ががんばっておおがみファームをやって行こうとの気持ちを庇護してくれた。お礼をしたいと思ったけれども、どう伝えたらいいのか。ありふれたありがとうの重みが気になり、声が風となって何も届かない。


「大神さん、思いつめた汗を掻いて大変だと思う。【抱菜】で、休まれるといいと思うな」

「あ……。あり」


 菜七さんは、強引さがない優しさがある。それに対して、たった一言のありがとうが、口を開いてもすっと出ない。本当に、駄目だなと自分で思うよ。


「分かっていると思う。大神さんの気持ちは、このセーラー服が感じていると、菜の花達の囁きと共に聞こえていたから、もう大丈夫だと思うの」


 俺を理解してくれること、これも【抱菜】の一つか。


「皆、ありがとう……!」


 握手をしようと、手を差し出した。


「大丈夫ニャリ?」

「大神くん、無理しています」

「無理しなくていいと思うよ。大神さん」

「それも、そうっすね」


 頭を掻いて誤魔化した。


 ◇◇◇


「さて、マイマイネを火にかけたいから、調理道具を探すか」


 無理矢理切り返してしまった。


「なら、古代遺跡に色々と落ちているらしいです」

「確かに、不思議なものが多いと思うよ」

「ニャローン。そう言って、君達は、わちゃわちゃしたいんだニャ」


「なんですと! わちゃわちゃ?」


 俺の髪が後ろになびいて行った。わちゃわちゃってじゃれ合うとか、遊ぶとの意味か。そよそよと吹いて来た風が、今は向い風となっった。少しキツイかな。


「私は、大神くんに、ペケペケします」

「そんな。櫻女さん、柄にもないことを」


 口元でバツを作って、にこにこしている。可愛いけれども、作り込んだ感じがするな。


「だったら、私もポカポカすると思う」

「菜七さんも自分らしくない言動はよすに限るよ」


 頬をすりすりして、にこにこしている。不自然だ。原因があるに違いない。


「古代遺跡には、調理器具になりそうなもの以外に、秘密があるに違いない」

「ニャアー、コッコッコ」

「今度は、ニャートリー先生が?」

「お腹が痛かったニャー」


 話がズレたら、軌道修正だ。


「遊んでないで、今日の内にマイマイネを食べてみよう。美味しいかも知れないしな」


 風は、追い風だ。俺には、果てしなく広がる花園の日が射す方に向かえと聞こえた。


「行くよ。OK、OKかな」


 ニカッてしてやった。俺まで奇行に出ては、JK女神と花園が崩壊するかな。


「やった! 畑ばかりで、こもった感じがしていたんだ。走るよ――!」


 前傾姿勢で、駆ける。いい鍋とかがあるから、わちゃわちゃしたいとか言い出すんだろう。


「大神くーん。待って、待って」

「大神さーん。追い越したいと思うよ」

「アハハハ。本当に春が来たなあ。冗談みたいだよ。夢じゃないか、つねって欲しい」

「つんつん」

「ニャートリー先生、それは、突っつくですって」


 いずれにしても、痛かったから、夢でもない。この世界、俺って本当にやって来たのな。


 ◇◇◇


 花園に果てがあるとは、思わなかった。花も少なくなっている。


「俺の勘で来たけれども、正しかったみたいだな。チチェン・イッツァのエル・カスティーヨみたいだな。ほら、ニャートリー先生、メキシコのマヤ文明で有名なカッコいい階段状のピラミッド型のものだよ」


 おれは、カッコいいばかり、唇を動かしていた。


「大神くん! おめでとうございます」

「やったね。お陰様です」


 ハイタッチだ。


「大神さん! 胸が一杯になったと思うよ」

「お、菜七さんの気持ちがか」

「いいえ、大神さんのだと思うけど」

「よっしゃー」


 ハイタッチ、パートツー。


「実に順調だ。さて、目的を忘れてはいけないな」


 俺は、金属片が散らばっていたので、鍋になりそうな物などを探していた。


「これは、箸にいい。本当に、色々と落ちている」


 さくさくと拾う。興味深いので、後でニャートリーに本がないか訊いてみよう。使えそうな物は揃った。一人では持てないので、櫻女さんと菜七さんにも手分けして貰った。

 すると、目の前でうずくまる猫鶏がいた。


「どうした? 全く動かないで」

「産気づいたニャ……」

「はあ――?」

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