第4話 散桜と抱菜でいい気分
「桜の女神、櫻女が命ずる。桜の真なる力を開放せし。桜、散る。桜、舞い散る。闇の帳に……」
櫻女さんは、そこで、大きく枝振りを示すように腕を揺すった。ひと振りごとに、ソメイヨシノがヤエザクラになる。桜の明るさが、闇に沁みて、ぽつぽつと花弁の灯りが舞い、美しいとはこのことかと思った。
「帳を開け、我に秘めたる【散桜】の芽吹き、目覚めよ――! 我が祈りよ、命の源を育み給え!」
俺は、生唾を飲み込んだ。神々しい証か、櫻女さんに
「わちゃわちゃして、可愛いなあ」
俺は、顎を擦りながら、感じ入っていた。すっかり迷宮を彷徨う中、先程までの真昼は宵に陥る。今の俺を救ってくれるのは、桜の
「櫻女さんの【散桜】、いつ見ても、雅があると思う。素敵ね、大神さん」
「ボクもだよ。綺麗な仕草は、もう、芸術の
「畑を見るニャー」
ぽん、ぽぽぽぽん。小さいけれども賢明に可食部を作ってくれている。俺、ちょっと感涙かも。農業って、蕎麦作り以外、ゲームでしか体験したことがなかったからな。櫻女さんの【散桜】は、この世界で、収穫を促進してくれるだろう。旬をいただきたいものだ。トマトのような真っ赤な瑞々しさを丸齧りしたい。
「ふふふ、蔬菜ぽんぽんしたかな」
「大神くんて、幼稚な言葉を使うのが好きなんですか」
俺は、ドヤ顔の反対、顔ヤドをしてみた。要するに、残念な梅干しみたいな顔をしている。
「いやいや、お腹のぽんぽんが空いて、早く食べたいねって話だ」
「こじつけかどうかの真相は見抜かれます。大神くん、顔に出ますから」
櫻女さん、さっきはべた褒めしたけれども、ズケズケ来るのは、厳しいな。
「ニャー。【抱菜】の活躍する番だニャリ」
天から降っていた桜が、春の宵に消えて行った。ちいちゃな桜の花弁さんが俺の掌でほっほっとお手玉状態になる。ちょっと楽しくなっていたら、いきなり後ろから声を掛けられて、びくついたよ。この手のシチュエーションに弱いんだ。
「あの、肩など凝っていると思うの。大神さん」
ぎゃあ、菜七さんってば。恥ずかしいよ。女子よ、話し掛けないでくれよ。女子高生女神でも、女子は女子だ。俺、チキンなんだよ。ハツもサラダチキン並み。
「へへへーん。種蒔きや【散桜】へのシンクロのことか。これしきのことで、凝りはしないぞ」
俺は、鼻をへんっと指で拭った。昭和モードリアクションだね。
「もしも、お疲れでしたら、この菜の花に抱かれるような【抱菜】特製の温湿布を貼るといいと思う」
しかし、癒やされていたのだ。三文字の言の葉、温湿布にだよ。思い遣りって、染み入るね。
「いや、それは。ボクは大丈夫だから、いいと思う」
思わぬ展開にオロオロとしてしまうではないか。思い思われ振り振られ。
「多分、腰の辺りがお疲れなのだと思う。皆さんで仲良くお仕事をして。さあ、【抱菜】で癒されて欲しいと思うよ」
大柄な菜七さんが、立ち上がり、俺の強敵ブルードラゴン並みの迫力を出した。黄色いオーラが尊くもあり、恐ろしくもある。
「菜の花の女神、菜七が命ずる。我の指先より、疲れた旅人に休息と安寧を与えよ。我にまといたる【抱菜】の衣、マントとなりて覆いたり――! 我が祈りよ、憩いのときを与え給え!」
腰の辺りが、ほかほかとしてきたぞ。誰も触れていないのに。きらきら、きらきら。菜七さんから星が降る。黄色い星が降る。これが、女神御用達の温湿布なのか。金平糖のような甘ったるい感じでとろけてしまいそうだ。
「しまったあ! これが、菜の花の女神、菜七さんの【抱菜】か。うっかり、涎まで出てしまったな。全くもう」
背中を擦るなど、妹にもされたことがない。それなのに、特別なエナジーを込めて、いや、念力で、肩もみまでしてくれている。
「はうう、体がとけちゃうチーズだあ」
菜七さんの【抱菜】、おそろしい子ね。
「大神さん、お気に召しましたか?」
「はい! 流石にレベルの違いを感じました」
俺の天にも昇りそうな気持ちが、つい口に出てしまった。可愛い筈の女神一号櫻女さんが、一方的に火花を散らしている。桜の美しさは、一過性のものなのか。
「穏やかに静かにした方がいいと思う。ほら、何かの息吹が聞えて来ると思うな」
菜七さんが、口元に指を当てた。可愛いなあと思いつつ、俺は、耳を澄ます。
「ニャンですと。愛しの大神直人さん、
「初のシュウカクだって? 意味あり気に口を挟まないでくれよ。今、神聖な気持ちになっているんだからさ」
「あら、これはかなりのものですね。大神くんは、匂わないの?」
駄目だ。ムードを知らない。ニャートリーと櫻女さんを無視して、次へ行こう。
「よし、ぽんの音もラストワン賞だ。かなり大きくなったし、収穫してみよう。なあ、菜七さん」
「ん……。むあって香りがキツイと思うけれども」
「くんっと香るは夏の匂い。そして、秋の匂い。ボクは、そうとしか感じないが。作物の中に理由があるのか?」
ナス科トマト属のトマトさんが、オートバイに乗って、トマトトと族っている。鈴生りの表現が詩から遠いな。本来、春に植えると、七、八月に採れるものだ。
「支柱もなくて、ミニトマトが採れた。これは美味しそうだ」
俺の背丈よりも伸びたトウモロコシに分け入る。葉がチクチクして痒い。
「確かに、少々香るので、三日目のトウモロコシって感じもするな」
イネ科トウモロコシ属のトウモロコシさんは、葉隠れの術を使う忍者だ。本来は、春に植え付けすると、七、八月いっぱいを使って収穫できる。だから、植える時期をずらすと、夏に収穫回数が増えるから、フレッシュフレッシュな可食部を楽しめるとか俺流裏技がある。もしや、これはチート化できるかな。
「ジャガイモは、掘るべしだな。ニャートリー先生、いいチートないかな。俺自身も使いたいよ」
頭の後ろに腕を組んで、小石かなんか蹴る昭和スタイルで甘えてみた。
「普通に掘るより十二倍楽ちんな【
「欲しいっすね」
「大神直人さん、軽いっすニャ。ただ、古代遺跡の方へ行かないとならないニャリヨ」
生唾を飲み込んだら、逆流して吐いてしまう。
「なんだ、ダンジョン――!」
速攻で突っ込むが、矢文が三本飛んで来た。
「怖いニャリ?」
「大神くん、行くべきです!」
「大神さん、行くといいと思う!」
そんなに行きたいのか。
「どうしようかな。そんな危険を冒してまで、十二倍楽になりたいのかな? 農学部で、培地作りにジャガイモを育てたよ。皆で収穫して、楽しかった。そうだ、櫻女さんと菜七さんも一緒に爪に土を入れつつ掘ろうか」
ニカッと白い歯を見せて笑ってやる。櫻女さんはピンクの爪先、菜七さんは、薄い黄色の爪先を見つめて、肩をがくりと下げた。
「えー。大神くん」
「えー。大神さん」
俺は、ジャガイモの
「いいよ。自分の体を使わないで、特技とあった能力だけを使い、成功して行くのは、自由だ。ボクが干渉するべきではないよな」
「さっき、チート欲しいって強請ったニャ」
「黙って働けだ」
黙々と作業すること小一時間だ。
ナス科ナス属のジャガイモは、早春に植えるから、六、七月が収穫の時期だ。
蔬菜らの収穫時期がズレているが、この世界では花園がある位だから、【散桜】をして成長を促進しても一気に収穫となるのか。
「採ったぞ。テレテテー」
直植えの周りに、花園との緩衝地帯があるから、そこに取り敢えず置く。
「使ってニャン」
「ニャートリー先生、八枚もピンクのハンカチを差し出してくれたけれども、どうするのさ」
「汚れないように、敷くといいニャリヨ」
「ハンカチが勿体ないよ」
ニャートリーが、羽ばたきながら嘴や足を使って、緩衝地帯に八枚をキチキチと並べてくれた。
「……ありがとう」
胸につかえるものがある。逆流性食道炎持ちだが、このタイミングで吐いたら、話にならない。我慢だ。
「素敵なハンカチに置くと、蔬菜らも映えるな」
「花園の守り神様、抜け駆けです。大神くんは、私のものなのに」
「一歩先に行かれると困ると思う。大神さんは、私が慕うと思うの」
無視、無視。ころころ、ダンゴムシ。
「トマト、トウモロコシ、ジャガイモがある。これらは、リアルのとそっくりだから、その名でいいだろう。他に一種、収穫してみたが、食べられるのかな」
頭を掻いても分かる訳がない。ニャートリーに手を振ってみた。
このときは、意外な話に繋がるとは思いもしなかった。
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