第3話 菜七も現れほわほわ花園

 さて、チュンとも啼かない朝が来た。今日は、ニャートリーは空からか。それとも、陸からか。まさか、陸、空と来たら、海神ポセイドンのように、水場から来ないよな。


「水の話をしたら、喉が渇いて来た。この世界は、お腹が空かないのでうっかりしていたが。ドラゴン放水で少しいただきたいな」

「ニャーニャー。櫻女さん、大神直人さん。グーテンモルゲン」

「ここはどこ!」


 ニャートリーには、突っ込みたいことレギュラー満タンだな。トコトコとも聞こえずに、ビシャビシャになって背後から現れた。


「種は、一日一個までニャヨ」

「ニャートリー先生の仰る通りですね。季節毎に花を楽しむのがいいと思います。ボクは、几帳面だから、春、夏、秋、冬と続いて欲しい」

「大神くん。張り切ろうね」


 ニャートリーが、畑にうずくまる。暫く力んでいたかと思うと、急に泣き出した。涙をとうとうと流したものだから、猫耳の間をチョップしてしまった。


「海亀化! ウミガメの産卵ですか」

 

 見たこともない小さな青い物体を体の下から嘴で出す。俺は、小学生の頃、飼育当番だったけれども、仕草が、鶏だよ。


総排出腔そうはいせつこうが、痛いんニャーン」

「実に科学的で好きな話題だ」


 飼育当番で、小動物が好きになり、好きが高じてその道の勉強に励んでいた。今は、夏休みらしいことをしたい。このエモいスローライフで目標が欲しいなあ。


「ボクの大学は、農学部なんだ」

「スローライフに、適しておりますね」

「櫻女さんとお話ができるだなんて、ボク、嬉しいです」


 ニャートリーは、まだ泣いている。あやした方がいいのかな。


「所で、ニャートリー先生。青いピンポン玉状に転がり出て来たものは、全部で十個だな。スーパーのパック入り卵みたいでいいね。JK女神十人分なの?」

「ニャー。間違えて、蔬菜そさいぽんぽん種を産んでしまったニャリ」


 俺が卵を振ると、微かな音がした。


「一つの卵に一粒ずつの種が入っているようだ。種も十個ある」

「あの……。大神くん。お手伝いいたしましょうか」


 櫻女さんが胸にきゅっと手を当てて、こちらをじっと見つめる。参ったなあ。こういうのに弱いんだよ。


「ええと、恥ずかしいな。ケーキ入刀みたいに、初めて二人でがんばっちゃうみたいで。ニャートリー先生、蔬菜の前に、二人目のJK女神を召喚したいな」

「フラワー召喚もエモーショナルがあるニャ?」


 ニャートリーにもドヤ顔があるんだ。オスかな。いや待て。神様だから男神か。


「桜が舞う中、ドキドキしたよ。確かに、エモいね」

「あら、私のことですか?」


 俺は、自分の胸を親指で示す。


「本当だよ。出会いと別れを感じさせる桜が、ボクにキュンと響いたね」

「詩人だニャーン。いいことニャリヨ」


 ピンクのふわもこが、チークを赤くして、照れているのかね。


「ボク、今度の花も楽しみにしているから、一丁お願い!」

「私もここ何年もお会いしていないので、頼みます」

「ほいほい。集中するニャ」


 機嫌をよくしたニャートリーが、もう一度、土の上にうずくまる。さっきよりも産むのに時間がかかったが、ポンスケといい音がした。雪のようにふわふわした種を嘴で外へ出す。

 櫻女さんのときと同様に、俺が土を被せる。

 ニャートリーは嘴をカッと開いた。


「花園の守り神が命ずる。【ドラゴン放水】で、種に祝福を!」


 すると、来るぞ、来るぞ。

 これを菜の花色としないで、どう呼ぶか。美しく明るい、優し気な色に囲まれて、小さな花弁から、そっと顔を出した。髪の色があまりにも菜の花のようだったので、溜め息が出る程、JK女神を実感したものだ。瞳は深い緑を思わせる。制服は、セーラー服で、草汁に白いライン、黄色いタイを水色の星型ピンで留めている。

 後ろから風を感じて振り返る。ニャートリーが滑空し、すかさず啼いた。


「この女神のニャートリーノ投影!」


 ニャートリーから女神様の後ろに大きくブルースクリーンが出された。


 ◆菜の花の女神◆菜七なな・特技【抱菜ほうな


「のんびり屋でおっとりしているだろう、菜七さん」

「はい、ありがとうございます。褒め言葉だと思う」


 いい人だな。それで十分だと思うよ。俺も口癖の語尾を真似て思う。


埼玉県さいたまけん所沢市ところざわし美田みた高等学校こうとうがっこう二年二組ギター、楽しいと思う」


 イカスな。俺もギターを齧ってた。でも、下手過ぎるし、マニアックな歌手が好きだから、内緒だ、内緒。


「ほうほう、菜七さん。ギターか。どんなのが好きなんだ」

「黒歴史を爆発させてしまうけれども、アニメソングやニューミュージックだと思う」


 来たよ。来た、来た。感性が合うかも知れない。


「浮気症が出たニャ」


 俺の肘を突っつくな。嘴尖っているぞ。大丈夫だよ、ニャートリー。俺、多少シャイだから。それ以上に進行しないから。


「感動することって、やはり歌関係かい?」

「歌声の素敵な方に惚れっぽくって、笑われていると思う」


 俯くと、大柄な感じがちょっと守ってあげたいタイプになるのだね。菜七さんのいい所がどんどん溢れて来る。


「好き嫌いとかってある?」

「牛乳かんは、ちょっと苦手だと思う」

「ははは。俺は大好きだけれども」


 おお。何と話を合わせてくださる女神様なのだろうか。櫻女さんと真逆な感じがしないでもない。け、決して悪口ではないぞ。


「大神くんは、私が最初に会いました」

「櫻女さんたら、どうかした?」


 二人の女子高生、もとい、JK女神が視線を交わしている。


「私は、二番目にお会いしたと思う」

「菜七さんも聞いてますかって思う?」


 もしかして、バチバチなのか。それとも、仲がいいのか。俺の口からも思う思うと出て来たよ。


「ニャートリーは、花園の守り神ニャリヨ。女神召喚の前に出会っているニャー」

「ぶふふ。ニャートリー先生が一番だってさ」


 吹いてしまう程恥ずかしい。だが、恋のレベルなら、ハーレムを毛嫌いする訳でもないぞ。ただ、結婚となると、一夫多妻だから悩ましい。猫鶏とは、どうにもなりませんが。


 ◇◇◇


「さて、蔬菜ぽんぽん種を育てるニャ。【散桜】と【抱菜】で、力を添えて欲しい」

「私がお手伝いをいたしますから、大丈夫です。はりきりましょう。大神くん」

「櫻女さん」


 彼女と出会って、直ぐに、見た目は可愛いと思った。そこで終わってはいけないな。内面については、しっかり者で真面目なのかも知れない。


「花園の守り神様はスクリーンをどうやって表示しているのですか? 私の特技がバレてしまいました」


 さっきから、櫻女さんはころころと種を弄っている。植物だぞ。卵じゃないからな。それで孵化されたら、たまったもんじゃない。バイオの崩壊だよ。


「ニャートリー先生の匙加減で空間に映し出されるみたいだけど」

「ぶぶぶ」


 櫻女さんが、頬を膨らませた。匙加減って言葉がおかしかったか。だからって、俺までぶすくれないよ。


「ごめんなさい」


 櫻女さんが、掌を合わせて頭を垂れる。素直な所もあるんですね。


「さっきの可愛いピンクのもこもこさんですね」

「ニャートリーだニャ」

「誰から命名されたか存じませんが、ご身分をわきまえたら如何でしょうか」


 櫻女さんは、きっちり屋さんだ。


「さて。ボクは、お腹が空いた気もするし、蔬菜を育てて食べよう」

「そうね。では、私の【散桜】から、参ります」


 真面目っ娘のがんばりは、見応えがあるな。


「大神くん。驚いてくれて、構いませんよ」


 自信家で気丈か。ぜひ、あっぱれと言わせて欲しい。

 キャンキャン喋っている間に、俺は種の準備をしていた。リアルで、家に蕎麦粉用の畑があるものな。慣れたものだ。


「十個の種は、ボクが蒔いて来た。【散桜】で、お願いする」

「お疲れのときは、【抱菜】で癒すと思う」

 

 二人は、目を合わせた。喧嘩腰ではないようだし、まずまずのいいコンビだと感心した。

 俺もやる気をポンするぞ。


「よし! この農場を『おおがみファーム』としよう!」


 いい感じにやりたいことができた。エモいスローライフに一味も二味も加わったな。

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