第2節 ドドンとパーティー

第28話 パンのわちゃわちゃ

「どうかな? 無事焼けたかどうか。ボクの元いた世界では、母のお手製パンが好きなんだ。外はこんがり、中はしっとり、愛情も入って美味しいんだよ」


 ミトンなんてないから、ボボボに焼かれたパンにそっと近付く。しかし、結構、熱気がむんとやって来た。


「あ、小枝を使おう。小さい徒長枝とちょうしをナイフの代わりに手で折りながら払って、二本で一束を二つ作る。これで、トングみたいになったぞ」

「徒長枝ってどんなものニャ?」


 ニャートリーは、結構勉強家だ。菜七さんなどはご存知かな。菜七さんをちらっと見ると、かまどのパンが転がりそうで笑っていた。そう、問題ではないのだろう。


「この枯れ枝を見てよ。真ん中に伸びているのが、本来の枝なんだ。勢いよく天に真っ直ぐに向かっているので見分けられる。けれども、この枝があると、花をつけたり、その後実らせたりするのに、栄養を奪ってしまうから、剪定対象となるんだよ」


 ピンクのふわもこが俺の肩に乗って来た。


「面白いニャン。大神直人さんは、人間で羨ましいニャリ」

「どうしてだ?」


 二、三本の羽毛を突っつくと、俺のほっぺたまでツンツンして来た。


「知らないことを沢山教えてくれるニャン。この世界にも本が幾つかあるニャ。読破したニャンヨ。けれども、ぼんやりとここにいるだけでは、変化がないニャ。花園の守り神としては、花園のドラゴンさんの力で、【ドラゴン放水】と【火炎ドラゴン】、それにJK女神の召喚用と種用の産卵位しかできないニャリ」


 ニャートリーは、しんみりしていた。羽を閉じて、つぶらな瞳も休んでいる。


「凄くいいじゃないか。ニャートリー先生のチャームポイントだと思うよ」

「……恥ずかしいニャリヨ」


 ピンクの顔が照れまくっていた。目をしばたきながら俯く姿は、もう、猫鶏とは呼びにくい。頬が赤い感じがするが、元々ピンクなので、分かり難い。どんな仕組みでピンク色なのかは分からないが。フラミンゴみたいに食べ物かな。


「よし。話が逸れたけれども、トングができたので、パンを取ろうか。枝の束、二つを開いて、コロコロのテーブルロールを慎重に掴む……。皮パリだと、破けちゃうからな」


 すうっと、トングもどきを近付けた。手前味噌の味噌はないが、我ながら上手く行った。


「大神さん。取るには、木の板でいいのか教えて欲しいと思う」

「ああ、いいお皿だ。程よいサイズで平たいね。菜七さん」


 コロンとお皿が受け止めてくれた。


「よっしゃ! わあ! きつね色だ……」


 後は手で割いて食べるだけだな。さあ、人数分を取り分けよう。


「一、二、三、四、五。おお! 六個目が綺麗な色合いだ。七、八、九。ほい、ラストの十個目」


 コツが分かれば、お手製トングは便利だった。


「テーブルロールは、十個とも焦げもせず、生焼けでもないようだ。皆、手元にあるかい?」


 JK女神の七柱、ニャートリー、俺と九つの皿を持つ。そこへ、さっと色白で細い手が挙がった。


「一つ、余っています。大神くん」


 まとめ役のクラス委員は、気の配り方が違うな。


「ああ、櫻女さん。それは、花園のドラゴンにあげようと思って」

「え! ドラゴンの巣へ近寄れるのですか?」


 珍しいことに、櫻女さんが、二歩後ずさりをして、動揺しているようだった。ツンで強気な正義感の塊、真面目っ子が、どうしたのだろう。ここは、冷静に対応だな。


「そうしたいと思っているが。おかしかったか」

「訳を仰ってください」

「どうして、急に敬語になったよ」


 櫻女さんが逡巡している。


「得体の知れない存在に、人間である大神くんの方から、パン一つを持って行くのですよ」


 そうか。パン一つが問題なのか。いや、ドラゴンへの畏怖だろうけれども、関わらなくてもいいだろう。そんな訳で、前者の説明をするかな。


「パンだけじゃないよ。後で、マイマイネのグラタンも小麦やマイマイネやお乳にバターを使って作れるんだ。その他、ジャガバターは、ジャガイモをふかしてバターと塩で味付けしてできるし、トウモロコシも焼いて、塩入りのバターで美味しくいただけるよ。トマトなんか、生で十分だし、甘さを感じたかったら、塩を振ってもいい」


 これから作る予定だったが、花園のドラゴンにも最初のパンをお裾分けしたくて仕方がないんだ。


「うわあ、蔬菜を担当できて、嬉しいと思う」

「なあ、菜七さん。がんばったものな」


 功労賞です。パカパーン。


「グラタンにも使って貰えて、小麦も喜んでいます」

「そうだよな。櫻女さん。ツンツンしながら、働いていたものな」

「ツンツン……?」


 うお、失言した。


「いえ、深い意味はございません」


 膝に手を置いて、頭を下げた。けれども、頬を膨らませられて、困ったな。


「ブンモモモさんが、役立っているよ。花子さーん。聞こえるかい? 偉かったね。偉いのは、百合愛さんだからね」


 お乳と栗の問題を一気に解決できたのは、ラプソディーのお陰だな。


「栗もご飯なのかなリンリン?」

「栗はどうなる。大神殿」


 この二柱からのご質問もありがたい。


「栗ね。栗ご飯とか美味しいけれども、お米がないな。そこで、小麦粉なども使って作れるモンブランってケーキがあるんだ。ボクの世界のことばかりで済まないけれども」


 アイテム、『アグリカルチャー・アカデミー・生産加工編』をニャートリーが持って来て、再読していた。

 

「モンブランか……。この本に載っていないかな? 大体、時代は未来なのか過去なのかも分からないな。ボクの記憶では、栗をメインに据えなくても作れるんだよ。そもそも、『白い山』と言う意味だし」


 その程度なら、知っている。自分の好きなケーキだもの。


「ケーキってものも作るのかニャ?」

「よかったら、ボクの誕生日に食べたいな」


 誕生日の概念が分かればいいけれども、ニャートリーは幾つかの本で知っているようだった。よく暦を理解していること。


「ニャニャン。誕生日は、いつニャン?」


 おお、そうだった。絶妙のタイミングで、ゲームの世界に入り込んでしまったんだったな。


「八月十八日だよ。もう、誕生日は終わっちゃったかな? ボクは、大学の夏休みだったんだ。前日の八月十七日もセミ並みに遊んでいたさ。熱中していたゲーム、『勇者はペガサスを駆り迷宮に巣食うオーロラ魔女のサバトを阻止す』の最中に、事故が起こった。ペガサスでバトルをしに向かっているとき、落ちちゃったんだ」


 思えば、ストーリー的にあり得ない。これは、バグか運営の操作か。懐疑的になった。


「ほう、ペガサスとは。『アグリカルチャー・アカデミー・設定編』に図版つきであるニャ。ふむふむニャンニャン」


 それも読みたいな。花園のドラゴンについて知りたいんだが、貸して貰えるのかどうか。核心に触れる部分は、貸してくれなさそうだ。


「そんなゲームの筋書きは想定していなかったよ。ここへ来た訳は、もしかしたら、偶然に偶然が重なったのか。解明できれば、いいかとも思う反面、別れの予感も転移した夏の眩しさに近いものがある」


 今は水仙さんがいるから冬なんだろうし、夏から遠のいてしまったのか。時間軸についての疑問もその『設定編』にあるとすれば、是非とも読みたい。


 ◇◇◇


「ともかく、パンも含めて、立派な献立ができるだろうよ。今は慌てないで、ほっかほかのパンで、お祭り気分になろうな」


 俺の心は、浮足立っていた。


「ドラゴンの巣を訪れて、十個のパンを皆で食べよう。そこからが、おおがみファームの本当の献立が始まるよ。花園のドラゴンを探しに移動しようよ! ニャートリー先生、皆!」


 歩きながら、皆と話をした。


「大神くん。私はノリが悪いですが、大丈夫ですか?」

「ああ、櫻女さん。OK、OKだよ」


 俺がお皿を二つ運ぶことになった。


「大神さん。皆で作ったパンは、ひとしおだと思うの」

「そうだよな。菜七さん」


 花園のドラゴンに皆どんな感情を抱いているのだろう。


「じめじめしていないです……。ふう……。初めて美味しそうと思いました……」

「紫陽花さんもがんばったよね」


 陰ながらとの言葉がよく似合う。紫の髪を揺らして、実は綺麗なJK女神なのだと、今更ながら気が付いた。


「ブンモモモさんのお乳と栗、楽しかったリンリン」

「百合愛さん。過去形にしちゃうの?」


 まさか、このパン作りでお終いということはないだろう。


「オレ、食べる専門になちゃったが、百合愛が働いてくれたからいいか」

「菊子さん。働かざる者食うべからずって聞いたことないかな。ボクは意地悪じゃないから、一緒に食べたいと思うけれども」


 百合愛さんをよしよしし隊だから、いいか。でも、それを伝えるともっとだらだらするから、内緒だ。


「わらわも少し手伝えてよかったかのう」

「水仙さん。謙遜しなくてもいいよ。ちゃんとお孫さんとお手伝いを楽しんでいたよね」


 水仙さんは、やわらかい笑顔で百合愛さんをサポートしていたな。気丈なだけではなく、毅然としているのか。最後尾に秋桜さんがいて、ブツッと言い放った。


「お腹が空かないのに、食べ物作っても無駄よ」

「秋桜さん。価値観が合わないのは仕方がない。大人しく本を読んでいても構わない。だが、がんばった人を揶揄しないように気を配って欲しい」


 あ、俺も言い過ぎたかな。しかし、これ位はバランスを取るためにも必要だ。


「パンは要りません……。木陰に戻ります! どうせ、のけ者だわ」


 皿とパンが離れて、地面にぶち当たった。


「食べ物を投げるな!」


 秋桜は、大きな声にビビッてしまったらしい。肩を震わせている。意外と弱いのか。


「すまない。少なくとも、秋桜さんは、仲間だ」


 こんな状態で、花園のドラゴンと楽しいパンパーティーができるのだろうか。いささか、不安だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る