第27話 パンもぷっちエモ

「パン作りに入るよ。黄金色の小麦が大変身だ。楽しんで行こう!」

「はいニャリー」


 ニャートリーしか返事がなかったが、大丈夫か。


「無塩バターを少々。ボクの世界では、よくあるバターを包んでいる紙があるんだ。目盛りがある場合があって、一つ十グラムなんだそうだ。それが、目安な。バターそものもは、先程のバターがある。俺は、敢えて塩を入れなかったんだ」


 市販のバターから想像して、分量を決めた。


「それから、生地用の卵が半分とつや出し用の溶き卵を少し。ニャートリー先生の神聖な卵が欲しいなあ。できれば、JK女神が産まれないもの」

「いいニャン。女神達もお楽しみのパンのためだニャー」


 ニャートリーは、木陰へ入って行った。スッとうずくまる姿は、もう海亀化していない。泣かないで、いきんでいた。


「うみゅうう。……来る。来るぞ。きっと、三つ位だ」

「ふう……。ニャン!」


 スポコン。スポ、スポ。あれ、本当に元気な音がした。


「でかしたぞ。サンクス! ニャートリー先生」


 本当に三つあるな。卵というより、ピンポン玉風だが、中身が問題だしな。


「強力粉と薄力粉を三対二位の割合で混ぜて使おう」


 あれ。小麦粉は、結局どうしたかな。次のことをしていて、失念していたかも知れない。


「大神くんがエモスローしている間が勿体なかったので、先程の小麦から小麦粉を作っていました」

「櫻女さん! 貴女は、本当の女神だ! ボクとも絡みが多いと思ったら、真面目な働き者なのな」


 俺が、パンッと拝むと、櫻女さんは、直ぐに腕を前に伸ばして両手をバタバタと振った。


「や……。やめてください。菜七さんと紫陽花さんも一緒に石を操って、エジプト式に挽いてました」


 三柱でか。ただのわちゃわちゃタイムじゃなかったのな。


「それは、内緒でよかったと思うの。櫻女さん」

「茸のお仕事がお休みなので……。ふう。微力ながら、お手伝いを……」

「おお! 女神の中の女神よ、ありがとう!」


 菜七さんと紫陽花さんに、パンッパンッと、とても感謝した。これで、小麦粉は確保できた。次の工程へ行こう。俺は調理器具の中からふるいになりそうな物を三つ程持って来た。


「三対二にするためには、最低限この三つがあればいい。最初に、強力粉を同じ位ずつこの三つに入れて振るう。その次に、二つに薄力粉を同様にする。すると、大体はいい感じの割合に分けられる」


 我ながら、まあまあなアイデアだろう。もう、あずま大学関係なく、生きる術かな。大層なものではないけれども。


「さあ、やってみようか。ボクが一つを担当する。他は?」


 静かだ。ここまでは、三柱ががんばってくれたんだものな。


「よかったら、手を貸してくれ。気が向いたらでいい」


 人に頼っては駄目だ。真っ先に、俺が強力粉一つを振るうために盛り出したとき、ちょろっと影が落ちた。


「直きゅん」

「直坊」


 顔を上げると、祖母とその孫コンビがにこやかにしていた。そして、黙って俺と同じくふるいに盛り始めた。


「流石、息の合ったコンビだ。面影と同じくふるい方まで似ている」


 ふるいが三つあると三倍速の筈だ。協力っていいな。


「わらわは、少々疲れたぞ」

「うん、休んでいてね。水仙のおばあちゃん」

「思い遣りがいいな。百合愛さん」


 次に薄力粉をボクと百合愛さんでふるった。


「よーし。直きゅん、混ぜ混ぜしちゃおう」


 強力粉と薄力粉をうまくふるい混ぜた。


「テレテテー! 小麦粉の完成だ」


 俺は、腕が痛くなったが、エモさが先に来た。だって、皆の方から力を貸してくれるから。百合愛さんは、菊子さんに褒めて貰いたくて、べたべたしていた。秋桜さんは、木陰に入って本を読んでいる。


「ええと。酵母は天然のものに期待だ。なかったらそれでも食べられるしな」

「酵母って、どんなものニャリ?」

「勉強熱心だね。イースト菌で、パンがふっくら膨らむのにいいんだよ。食感も増すね」


 ここの所、適当なんだろうか。俺って。偶然の産物へ祈祷だ。ここに拘っていると、次の材料へ行けないな。次だ。次。


「砂糖少々と塩をほんの少し。ここまでが、最初に混ぜる材料だ」


 後半に入れる材料を揃える。


「卵半分位にして、溶き卵を作る。それから、ぬるま湯。お風呂よりちょっとぬるいかな位が丁度いいよ」


 来た。来たよ。ピンクのふわもこがテコテコと。


「ぬるま湯で働く出番ニャリ?」

「ご名答。ぬるま湯は、ニャートリー先生が、【火炎ドラゴン】と【ドラゴン放水】を使って、お湯と水を用意して欲しい。小麦粉のときでも分かるが、大体、等量のそれらを混ぜて、後は、お風呂を目安に調整して欲しいな」

「了解ニャン」


 ニャートリーは、高々と飛翔し、二連発してくれた。


「花園の守り神が命ずる。【ドラゴン放水】で、聖なる水を――!」

「聖なる火竜の力よ、我より出でよ。【火炎ドラゴン】――!」


 かまどでお湯を支度して、伝えた方法で、いい感じのぬるま湯を作ってくれた。それにしても巣へ帰った花園のドラゴンは今頃どうしているだろうか。一緒に来て欲しかったな。


「ナイスだ! ニャートリー先生」

「照れるニャンー」


 周りに材料を集めて用意する。


「さて、古代遺跡で集めた調理器具の中にボウル状の鍋があったな。あれに、最初に混ぜる材料、強力粉、薄力粉、砂糖と塩を入れて、泡立て器がないから、箸状に小枝を落として、四本位を広げながら持って、よく混ぜ合わせる。それから、卵半分のとき卵とぬるま湯を加えて、さっくりさっくりと混ぜ合わせる」


 よし、俺が順に入れて混ぜよう。泡だて器だけはないので、小枝を束ねたもので、ガッツリと混ぜ始める。俺が楽しいので、うきうきとやっていた。ぷちエモいな。


「えーと、まな板みたいなのがあったよね。生地がべったんからまとまった状態になったら、板に出すと。そして、こねるんだが、ここでのコツは、上下にのばすようにするといい。――と書いてあったな」


 アイテム、『アグリカルチャー・アカデミー・生産加工編』は万能だよ。調理の仕方まで書いてあるからな。


「えー。そこで、こねていた生地の表面が、この位かな? 滑らかになって来たら、チャンスなんだ。バターを加えよう。そして、練り込むようにこねる。――と書いてある」


 こねこね。手こねパン楽しい。ぷっちエモ。


「生地を叩き付ける。叩き付ける。こんな感じかな。そうしてこねるんだね。生地の表面がつやつやでモチモチになったら、丸く整えて、休ませるんだ」


 さて、天然酵母なんて、あるのかな。待つこと暫し。女三人寄ればかしましいから、ここのJK女神もわちゃわちゃするのかも知れない。賑やかでいいから、BGMにして、一休みしよう。


「うおお、目覚めたら凄い! 生地が倍にも膨らんだよ。もしかして、コウボって妖精さんがいるのでは」

「妖精さんは、いないかもニャ」


 それは、残念と思いつつ、次だ。


「強力粉を打ち粉として、まな板に生地を取り出そう。いくつ作ろうか。七柱、ニャートリー先生、俺、そして、花園のドラゴンにもあげよう。丁度いい薄い板があるから、十等分にして、ころっと丸める。――と書いてない。ハハハ」


 暫く置いてみる。俺も本当にゲームでガツガツしていたときと異なって、ガツガツしなくなったものだ。はて、生地の方だ。どうした、こうした。


「生地が、またもや倍になったぞ」


 早く食べたいので、焼こう。パン生地の表面にニャートリーの溶き卵を塗りたい。


「はけがないね。どうしようか」

「ピンクの羽毛を使うニャリ。翼からの大サービスニャン」

「ありがとう! ニャートリー先生」


 ニャートリーにお礼をすることが、我ながら一番照れ臭かったのは、内緒の内緒だ。


「弱めのボボボで頼むよ。焦げない程度に、焼き色を付けて欲しい」

「了解ニャン」


 シバッと飛び立つと、カッコいいニャートリーが、嘴をカカッと開いた。


「聖なる火竜の力よ、我より出でよ。【火炎ドラゴン】――!」


 はてさて、パンはどうなった。

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