第26話 しょっぱ
涙がちょちょぎれて、本当にしょっぱい。俺って海から産まれた生き物なんだと改めて思うよ。
「そうだ、ニャートリー先生。塩はどうしようか」
「
ピンクのふわもこがぴょこんと跳ねた。鶏っぽいのかな。これが卵を産みたい現象に繋がっていたりして。猫鶏は、謎深いな。さて、話を塩に戻さないと。
「あるのか? 早速製塩したいが」
どんな状態であるのだろうか。
「井戸へ行けるニャリ?」
意外だな。だが、水の気配は、あそこか古代遺跡の中にしかない。井戸には匍匐枝に似た蔦があった。それに躓いたものだ。あのとき、命の源を感じたんだよな。つまり、水の存在だ。マヤ文明で特異的な農業を発展させる切っ掛けとなった、水源の不足を紐解けるかも知れない。
「分かった。行こう」
水仙さんの方を向いて、アイコンタクトを送る。目配せが水仙さん向けらしいかな。
「所で、水仙さんは、花からの召喚ではなくて、自力で井戸から出て来たのだろう? しょっぱくなかったのか?」
素朴な疑問、その一だ。
「わらわには分からないが、塩があると、しょっぱいものなのか。概念として、しょっぱいのは分かるのだが」
是非とも、連れて行くべきだな。鍋も一緒に持って行って貰おう。俺が七つ、水仙さんは二つ、空っぽのを運んだ。
「一緒に行こう! 水仙さんも」
「わらわもか……。まあ、いいだろう」
収穫したり、加工したりしていた場所から、ゆっくり歩いて、水仙さんとニャートリーとで井戸に着いた。早速、蔦の這う井戸に近寄ってみる。少し振り返ると綺麗な着物姿をしたJK女神の意外な姿、現れたときの汚れた水仙さんの様子を思い出していた。あれは、水のせいだな。
「この井戸は、まずもって、飲めるのか? ニャートリー先生と水仙さん」
俺は井戸枠から深淵を覗き込むように、ピタリと身を張り付けた。中は深い。深井戸と浅井戸があるが、これは前者だ。
「もしかして、温泉なのでは……?」
俺の脳裏をひらめきが過った。第一弾かも。温泉には、ミネラルがあるだろうし。
「そうだよ、温泉が流れているのと違うか!」
つい、子どものように喜んでしまう。
「温泉って、あったかーい天然のお風呂かニャ? 花園の守り神は、水浴びが大好きニャンヨ」
「ニャートリー先生は、物知りなんだね。所で、この井戸には謎があるんだ。どうして温泉なのかが、分からない」
水仙さんもやって来て、中を覗き込む。だが、落ちるのが怖いと思ったのか、ずり下がった。蔦に足を絡ませたので、俺が腰を支える。
「た、助かったぞ。直坊」
顔をそむけてしまい、気を悪くしたと思った。
「水仙さん。勝手に触れてしまって、ごめんな」
「いや、そんなことは全く……」
手を取ると、水仙さんは汗を掻いてしまっていた。怒らせたに決まっている。安全な所に連れて行き、腰と手から俺は離れた。
「直坊。わらわも来るときに、寒くはなかった。けれども、わらわのために井戸があるとも思えぬ」
頬を染めているのか。どうして、そうなったんだ。駄目だ。本題に戻ろう。
「それに、釣瓶落としもポンプもがないが、どうやって汲んでいるんだろうな」
キランと目を輝かせて、水仙さんが口を開いた。
「わらわならば、【合奏】で水路を伝い、時空を越えられるぞ」
うーん、特技はありがたいが、それで塩は得られないだろう。
「塩を採る目的に戻ろう。下に源泉があるんだろう。それを常識で考えれば、煮詰めればいい」
「ニャン! 沢山煮るがいいニャ。一日してもちょこっとしか採れないニャハ」
ニャートリーは、割と現実的と。そして、行動力があると。心にメモった。
「じゃあ、またもや、エモスローに行きますか?」
「ニャン? エモスロー?」
「エモいスローライフの略だよ。ゆっくりやろう。ここは、そういうのが似合うんだよ」
集めた調理器具の中に中々いいのがあったな。かめだ。亀じゃないぞ。敢えて書くなら、甕だ。
「かめで煮ることにしよう。かまどはさっきのでいいね。着火だと火守りだけはやらないとな」
水は、鍋に入れて、ニャートリーの神業で七つと俺が両手に二つの形で持って行った。
「かめって、海亀化のかめニャリ?」
「違うよ。口が広い主に陶器の入れ物だよ」
そこで、俺の脳裏をひらめきが過った。第二弾だ。
「――と、待てよ。例の海亀化をした所だ。そこでしょっぱい涙を流したな。ここで、しょっぱい塩を採ろうとしている。似ていなくもないか」
かまどに、温泉入りかめを置き、鍋の水を注ぎ入れる。下の枯れ枝の着火は、勿論、あのシルエットが行ってくれる。ぱっと飛び立ったかと思うと、嘴をカカッと開いた。
「聖なる火竜の力よ、我より出でよ。【火炎ドラゴン】――!」
「よっしゃ!」
俺がガッツポーズを取ると、小股で近寄って来るJK女神がいた。
「火守りは、わらわがしてもいいぞ」
「それは助かるな。水仙さんは頼りになる」
火照っていたのか、頬が赤かったけれども、そこを追求するのは野暮だと思った。
「はーい! エモいスローライフだ。ゴロゴロしていていいぞー。水仙さんは疲れたら交代を申し出て欲しいな」
小さく首肯したのが、可愛かった。その後、櫻女さんと菜七さんが少しずつ火守りをして、じっくりと時間が進んだ。
◇◇◇
「できたぜー! うーん、真っ白だ。では、一口いただくよ」
人差し指でひとすくいした。口元へ持って行くが、舌が先に出てしまう位、しょっぱい感じを食べる前から想像させられる。パブロフの犬状態だ。
「ミネラル豊富って感じだね。でも、苦くない」
目を梅干しみたいに絞ってみた。そして開眼する。
「塩の精製、大成功だ――!」
嬉しいときは、若返るのか。大学生にもなって、ハイタッチしまくっていた。
「さてさて、パンを作っていたんだったな」
バター、砂糖、塩と成功して行った。どうしたものか、楽しみで仕方がない。
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