第25話 小麦楽しや砂糖にサンクス
「バターの使い道は、結構あるんだ。次のステップに行こうか」
ガサガサとあの本を取り出した。
「テレテテー! ここで、再び、『アグリカルチャー・アカデミー・生産加工編』を紐解く番だ。小麦を小麦粉にして、食べ物にしよう」
パンもいいけれどもアレもいいななどと想像していた。
「大神くん。どんな食べ物があるのですか? 私達女子高生女神は、生前の記憶がない訳ではないのですが、私など、執着していなかった事物への想い出はありません」
「櫻女さん達は、そうなんだね」
それに加えて、花園では空腹がないとは、食べることができるのに、勿体ない。食べる楽しみもあるんだがな。そう言えば俺もゲームに夢中のときは、スナック菓子でもいいとか思うときがあった。けれども、健康的に皆とご飯を食べると美味しいさにミラクルな調味料が隠し味だと思ったりもしていたよ。
「小麦をそのまま食べるよりも、砕いて、粉にするんだ。小麦の構造としては、外を包んだ
俺は、素晴らしい本を参照して、空に図を描いてみた。花園では、大地に木でものを書くのははばかられたから。
「大神くん。ちょっと知的に感じます」
「え? そうかな。本からの丸写しだけど」
さて、楽しい話は続く。
「その小麦粉が化けると楽しいし美味しいぞ。ボクの暮らしていた世界では、パン、ピザ、パスタとその中でもスパゲッティ、うどん、そうめん、大好きな蕎麦などの麺類、たこ焼き、お好み焼き、ホットケーキ、天ぷら、とんかつ。もう、挙げたらキリがないよ」
菜七さんのスマイルがフラッシュした。
「とにかく、美味しいそうだと思う」
「そうなんだよ。菜七さん。皆にも食べさせたいけれども、一度には難しいな」
俺も真剣に食べさせたいと考えていた。
「直坊。わらわも蕎麦やうどんなら知っておる」
「おお。水仙さん。年の功だね!」
「言葉の使い道が間違っておるぞ。これでもピチピチの女子高生女神……」
そこまで喋って、顔を赤くしたので、とても可愛い側面もあると思った。
「主に強力粉と薄力粉に分けられる。タンパク質のグルテンによって、分けられる。グルテンが多く、強い性質のものが強力粉で、逆が薄力粉だ。中力粉というのも実はある」
ありり。皆、さり気なく聞き入ってくれているのか。俄然やる気が出た。
「そうだなあ。参考にするなら、古代エジプトのパンもいいかも知れないな。ボクの世界では約五千年前に、平らな石に小麦を入れ、体重をかけて石ですり潰す石臼のサドルカーンってのがあった。これで細かく挽くと、昔の小麦粉だ。水は豊富だったからな。小麦粉に水を足して、焼いたら、ほうら、古代のパンだ。だが、ふっくら膨らみはしない。それもそうだ。発酵をしていないからな」
おお。本には発酵の仕組みまで書いてある。本当にいいアイテムだな。
「所がだ。エジプトは暑い所なんだよね。手捏ねの生地を放置していたら、生地がぶっくり膨らんだんだ。びっくりしただろうな。天然酵母ってボクの世界では珍重されるけれども、それが入っていたのかも知れない。そこで、パン焼き屋さんが、まあ、勿体ないし焼いてみるかとやってみたら、至極の美味と柔らかい食感に魅了されたのだな。ボクの世界で溢れているパンは、こっちが多いだろう」
この本には、写真がないので、手描きの図から俺が空に色々なパンを雲のように指でなぞる。
「食パンだよ」
その名もザを付けてもいい位の食パン。四角で描き易い。
「チョココロネ。怪獣にも似ているな」
はじめましてなのは、実は食べたことがないチョココロネ。これで、幼稚園の入園テストにパンだって分からなかったな。
「甘くて歯が折れそうなメロンパン」
クッキー生地との甘い合体で、お菓子みたいなメロンパンは網掛けが特徴的だ。
「パンですか」
「パンだと思う」
「パン……。ふう……」
「パンなのリン?」
「へえ、パン」
「……ものの本で読んだ記憶があります」
「パンじゃと?」
おお。とうとう、全員が反応してくれた。
「あはは。皆、反応が全然違くて面白いね」
「あ、謝らないですからね」
ツンかな。怒ったのかも。だが、それらは封印して、返さなければ。
「櫻女さん、どんな突っ込み?」
「いえ、面白いとか。……恥ずかしいです」
ふおー。スカートにのの字って、古風だね。桜の女神だからかな。
「分かった、真面目一本道で来たから、ギャグっぽいと思われたとの勘違いかな?」
「思い違いだったのですか。よかった」
胸に手を当てて、溜め息を吐いている。安心したんだね。
「さて、小麦粉を作って、パンをこねこね。エモいスローライフでもしませんか?」
「必要なものは、強力粉をこれから用意しような。酵母は天然を希望するとしよう。バターは、さっき大成功だった。お湯は、ニャートリー先生にご協力いただこうかな」
「ニャ! いいなりニャ」
このピンクのふわもこ、性格いいんだよな。
「砂糖と塩にお困りだ。サトウキビもテンサイもないだろうし、塩って、岩塩とかから得るのか? どうしようか」
「塩は、ちょっと待つニャリ。テンサイって、これかニャ?」
ニャートリーが、本を開いて教えてくれた。
「そうだ! それなんだよ」
「花園にあるニャン。持って来るニャー」
ニャートリーの行動力に感心した。本をじっくりと読んで、実行に移そうと決めた。
「ほうほう、テンサイは、甜菜とも書いて、ビートだったりするのな。作り方もあるじゃないか! ボク、さくさく作ります」
流石、神業で、持って来てくれた。花園の守り神なだけある。しかも沢山か。
「テンサイをカットして、お湯で砂糖を煮出すと。そこへ木灰を加えて不純物を沈殿させて、上澄みを取る。――と書いてある」
最初に、小さなサイコロにカットする。
「ニャートリー先生、沸騰しないまでのお湯ってできた? 触っちゃ駄目だよ。鶏煮になっちゃうからな」
無駄に沢山あるテンサイの倍はあるお湯から投入する。とにかく煮出す。テンサイを取り出して、これもニャートリーが持って来てくれた石灰をちょこっと加えて、まーぜ、混ぜ。数回繰り返す。
「暫し、待たれい。少し、緑っぽい黒の沈殿物と明るい琥珀っぽい上澄みになって来たよ。それから、どうするんだ」
本を探る。
「上澄みを煮詰めるといいんだね」
「大神直人さん。これは、献上物にあった珍しい粉砂糖なんニャ。遠慮せずともいいニャン」
「そうか、これが足りなかったのか。助かったよ。ニャートリー」
煮詰めたのに粉砂糖を少量入れ、混ぜたら、冷やす。冷蔵庫などないが。
「冷やす特技のあるJK女神はいないかな?」
「ならば、オレがやってみるよ」
「菊子さん! いいの? ありがとう。ボク、心を開いてくれて嬉しいよ」
菊子さんが召喚されたのは、日本でよくある菊だ。だが、西洋菊の長い花弁を思い起す。
「菊の女神、菊子が命ずる。菊の真なる力を開放せし。菊の花弁よ、ひとひら、ふたひら風に舞え」
菊子さんが黄色から紫へと沁みわたるように花弁の色を変えて行く。菊子さんの髪の色に似ていると思った。これが、まさに、雅だと俺にも分かる。塚はどこだ。
「我に秘めたる【雅塚】の芽吹き、目覚めよ――! 我が祈りよ、魅了を起こし給え!」
バチンとウインクが飛んで来た。俺にスポットライトは当たらない。百合愛さんにだ。出たな。これが、【雅塚】だ。
「菊きゅーん! 素敵、しびれるリン!」
「百合愛にズキュンだぜ」
男前が、指を鳴らすと、テンサイで作った上澄みが、結晶化して行った。本来の目的を忘れる所だったが、思い出せてよかった。
「どうして、冷えたんだろう?」
なんとはなしに、分かった。傍からは、寒いんだな。申し訳ないけれども、この二人が。
「お陰様で、さくっと砂糖となったよ。助かったー」
「よかったニャリ。菊子さんが【雅塚】を出すのは、よっぽどなりニャン」
「そうか……」
俺は、よく考えて、頭を下げた。
「ありがとう!」
俯いた自身の瞳が少し潤んでいて、中々面を上げられないのには、困ったが。
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