第24話 バターだホエー
「まあまあ。魔女の話は、この辺にポイッしような」
エモいスローライフから遠ざかってしまった。農場長は、穏便にまとめる必要があるだろう。皆に座るよう、両手を水平にし、大地を押すようにジェスチャーをした。所が、一人、小股で近付いて来た。水仙さんだった。俺の前で立ち止まる。
「直坊。見捨て置けぬが、我ら花園の女神が抱く宿命ぞ」
百合愛さんを思わせるつぶらな瞳なのに、眼力を感じた。引っ掛かるなよ。俺はもっと冷静に対応できるようになった筈だ。
「さあ、さあ。おおがみファームのパーティーと行こうか」
一人しか立ち向かって来なかったせいか、執拗に来ないで、大人しく下がって行った。
「ニャーン。お助けするニャーン」
「ありがとう。ニャートリー先生」
結局、JK女神がどれ程いようとも、このピンクのふわもこが全てをかっさらう程の力を持っている感じがする。
「どんなものができるか、リストアップして行こうか。皆、声にできる?」
静かだ。静寂が俺を刺激する。
「櫻女さんのこれは?」
「小麦です」
「そうだよな! ボクは黄金色の波に感動したんだよ」
意外でもないよ。櫻女さん。
「菜七さんのこれらは?」
「ジャガイモ、トウモロコシ、トマト、マイマイネだと思うの」
「うん。沢山採れたね!」
少しはにかんでくれた。
「このちまっとした色々あるのは?」
「茸です……。ふう」
「紫陽花さんが、菌床栽培までこぎつけて、本当にでかしたよ!」
おお。珍しく面を上げて、俺と視線まで合った。
「大量にいたブンモモモさん。それを追って不意に出くわした喋る栗のすみか」
「両方、がんばったリン」
「がんばり過ぎだよ、百合愛さん!」
ん。来る。来る。来た。あーあ、瞳を潤ませちゃったよ。
「ほ、褒められちゃったよ……。ああーん」
「泣かないでな。いいことなんだから、泣くことないよ。好きな人のためにもがんばったんだものな」
慰めたつもりが、逆効果だったか。
「ああーん……」
「泣いてもいいからさ。これから、たのしいパーティーをして、元気になろうな」
「う、うりゅん」
ひっくひっくとすすり泣きをしながらでも、堪えてくれている。
「小麦、ジャガイモ、トウモロコシ、トマト、マイマイネ、茸、ミルク、栗があるな」
まとめて確認をした。そして、アイテムの登場だったりする。テレテテー。
「ここで、『アグリカルチャー・アカデミー・生産加工編』を紐解く番が来たな。それは、ミルクからバターができないだろうかと思ったからだ。ただひたすら振って作った記憶があるけれども、細かい説明ができないな。やはり、本は偉大だ」
テコテコとニャートリーが歩いて来た。
「要するに、参照するんだニャ」
「人はそうとも噂する」
ドヤ顔の俺も中々いいだろう。そうだな。このお乳が使えるか確認する所から始めよう。
「ブンモモモさんのお乳は、花園のドラゴンに滅菌して貰っただけで、ボクの暮らしていた世界で市販の牛乳みたいに、ホモジナイズドされている訳ではない。つまりは、脂肪球を細かく均質化する処理なのだけれども、行っていないから、ノンホモジナイズのものと考えてもいいだろう――と書いてある」
書いてあるは、よけいだったかも知れないな。
「すると、どうなるのですか? 大神くん」
「大神直人さん、知りたいニャー」
いい傾向だ。櫻女さんにニャートリーよ。
「生クリームを取り出すのに向いているお乳で、その生クリームからバターができるんだ。さっき、集めた生乳があるよな。あれを涼しい所で、一日以上放置しなければならない――と書いてある」
実際に、木陰の方へ運ぶ。俺が一つ運んだら、櫻女さんと菜七さんに百合愛さんも一つずつ持って来てくれた。スローなりにやる気あるじゃないか。
「バター作りだけ、時間が経過しないかなー。ボク、楽しみで」
「ゆっくり待つのもいいニャリね」
「じゃあ、皆でゴロゴロしていようか」
普通、こちらに一日以上置いたものがございますとテレビなんかでは出て来るが、あれも仕込みだよな。
「うん……。眠たくなって来たよ。疲れているのかな……」
◇◇◇
それから、チュンとも啼かない朝が来て、昨日の時間より大分過ぎた。ピンクのふわもこは、ずっとコロコロとして俺を楽しませてくれる。JK女神の皆は、楽しそうだったり、緊迫していたりと様々だったが、魔女発言もなく過ごせていたので、いいかと思った。
「時間が経ったニャン。これから、どうするニャリ」
可愛いな。小首を傾げるニャートリーって。
「上澄みを集めるんだ。それが、まさに生クリームと言える――と書いてある」
「ふんふんなのだニャン」
「大神さん。納得だと思うよ」
菜七さんは、隠れインテリだから、誤魔化せないと思おう。納得してくれたとは、この本が立派なんだな。俺が最初に、上澄みをすくった。少しずつ集めるといい感じだ。続いて、櫻女さんと百合愛さんもすくい集めている。
「菜七さんもいいんだよ」
「ありがとう。大神さん」
自身で持って来た鍋で挑戦している。エモいぜ。
「次に行うのが、生クリームに含まれる乳清の分離だ。乳清はホエーとも呼ばれる。これは脂肪分からさようならしたもの――と書いてある」
書いてあるシリーズは、もういいかと思ったよ。
「分離をするには、冷やした生クリームを蓋のできる容器に入れて、振ればいいよ。とろみのあったものが、ホイップ状になって固まって来たら、蓋を取って、乳清を傾けて取るといい――と書いてある」
俺もたいがい正直だ。書いてあるものはそうなんだよな。さて、作るべ。
「ニャートリー先生、滅菌を頼む!」
ぱっと飛び立ったかと思うと、嘴をカカッと開いた。
「聖なる火竜の力よ、我より出でよ。【火炎ドラゴン】――!」
調理器具の中にあった蓋つきの容器を綺麗にニャートリーの炎で滅菌した。それを【ドラゴン放水】で冷やして、さらに皆が集めてくれた生クリームもその器に入れて冷却する。それからが、俺の出番。
「いやっほい! 振るぞー!」
シャカシャカ、フリフリ……。シャカシャカ、フリフリ……。
「まだですか?」
「こういうのは、苦労した方が美味しいぞ。櫻女さん」
シャカシャカ、フリフリ……。シャカシャカ、フリフリ……。
「大丈夫か心配だから、代わりたいと思うよ」
「菜七さん。ボクは元気だ。寧ろ、燃えているよ」
シャカシャカ、フリフリ……。シャカシャカ、フリフリ……。終わりが分からない位振ったと思ったときだ。ホイップ状のがいい塩梅になって来た。固い。そろそろ固まり具合もいいかな。
「んがー! できた!」
俺、もう、脱力だ。
「あれ? JK女神の方々、毬藻っているのは、止めたの?」
パチパチパチパチ……。
「やや、拍手をありがとう。いい感じに出来上がったよ」
四柱から拍手をいただいていた。
「おめでとうございます」
「おめでとうだと思う」
「おめでたいです……。ふう」
「おめでとうリンリン」
バターを置くと、俺も諸手を挙げて喜んだ。
「やったあ! 嬉しい――!」
調子こいたよ。
「ホエーチーズってのもあるらしいが、今回は、ホエー流だ――とは書いてない」
「はいニャン?」
ニャートリーにも分からないとは。
「ほ、保留とのギャグのつもりだった……」
「ホエーだニャニャハハ」
やった、ウケた。ピンクのふわもこも笑うのがナイスだよ。
「よし、次だ。バターの楽しみ方は、これからだよ」
俺にも考えがあったもんだ。
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