第16話 もうラプソディー

 栗、栗、栗。いが、いが、いが。


「直きゅん! 主張の強い栗が沢山あるリン」


 ブンモモモ、ブンモモモ……。


「栗もだけれども、ブンモモモさん達がひしめいて、降りる隙を作らないとな」

「菊きゅんは、向こうの木から降りたリン」

「オレは大丈夫だ。百合愛」


 やすやすとは、【雅塚】を使って難を逃れないのか。どんな特技だろう。それより、俺の現状打破だ。


「どうしてか、こっちはブンモモモさんが離れないな」


 待てよ。もしかしたら、百合愛さんのせいか。


「赤い髪とミニスカが、ブンモモモさん達を惹き付けているのかなと考えてみたけど」

「魅力溢れんばかりの赤いボブカットに、生まれつき赤い瞳リンリン。うさぎさんみたいなのリン」


 うさ耳ポーズを作ってくれた。ナイス。


「容姿に前向きなのは、いいね」

「取り柄だと――」


 百合愛さんは、ブンモモモさんに押し込められ過ぎて、その背中にせり上がってしまった。


「――きゃあ!」

「でも、闘牛士のは、特に赤でなくても襲われるものだから、この説は違うだろうな」


 ピンクのアレが、チラリじゃなくって、バッチリ。


「おおっと! 見えてないよ」

「エッチ!」


 エアバチン。

 

「速攻で、エッチにエアバチンかよ。俺は、サンドバッグか?」

「乙女なんだから、エッチな話を殿方から聞きたくないリン」


 話を逸らそう。


「ボクはただ……。百合愛さんが、ブンモモモさん達を背中の上からでも扱うのに惚れ惚れしていただけなのに」

「直きゅん。誤解だったらごめんね」


 ブンモモモモモモー。


「猛々しく吠えるキミ、可愛いリン」


 百合愛さんが、菊子さんの方へブンモモモさんに乗って行ってしまったから、俺は、囲まれたまま置き去りにされた。


 どっかどかどか……。


 赤い髪が振り向く。百合の花と見紛う美しさだ。それが旗となったのかは分からないが、ブンモモモさん達に慕われて、追い駆けられている。


「おお。ボクも解放されそうだよ」


 百合愛さんは、向こうにある栗の下で、牝牛が悶える程に、お乳を搾っているではないか。きゅんきゅん、リンリン、乙女の花粉を運んでくれたけれども、彼女のあたたかさに俺は生クリームみたいにとろけた。


「ブンモモモさん達と戯れていてください。すっごいラプソディーだよ」


 俺は、この場から離れる為、百合愛さんに押し付けてしまった。乳搾りをしている彼女は、夢中になっている。けれども、俺がブンモモモさん達の群れを抜け出ようとすると、彼女は牛の背より一つ頭を出した。


「直きゅん? 放って行かないでリン」

「話を聞いてくれるかな。凡そ百頭はいる。ホルスタイン風と黒毛和牛風と分けても牛舎を四棟はいるだろう。それと、放牧地。木立もさっぱりさせないといけないのか」


 木を切るのは、ニャートリーに怒られるだろうな。


「あんね、お乳を飲めるように殺菌しないといけないリン?」

「そうか、よく低温殺菌とかあるものな。この場合はどうしようか。火を扱えるのは、ニャートリーだけだし」


 暫し考える。百合愛さんが沈黙を破った。


「危ないじゃん」

「どうして?」

「今頃、花から産まれているよ」


 俺は、鼻息を荒くした。六柱目の女子高生女神降誕だよね。気が付くと、急ぎ足になっていた。狭い花園だと思っていたが、心が急くと遠く感じるものだ。


 ◇◇◇


 畑の方で、三柱とニャートリーがいた。ほっとしたよ。


「大神さん、その動物達をどうしたいと思う?」

「ナイス。菜七さん。順番にお乳を搾りたいと思うよ」


 俺は、親指を鳴らした。


「搾乳は可哀想です。大神くん」

「櫻女さん。何か自然の力を越えた、ブンモモモさん自治会があればいいのだが」

「何とかいたします」


 櫻女さんが、深呼吸をして、気合いを入れる。胸の前で両手を交差し、一気に唱えた。


「我が【散桜】よ! ブンモモモさん達に一つ春を起こすのです。愛し愛されれば、あなた方の取る行動はもう決まっています。明日が欲しければ、おおがみファームに尽くすのです! さあ、桜の花弁を吸い給え――!」


 下から上に向かって、桜の花びらが吹雪の状態になった。櫻女さんは、もう見えない。お別れしたくないよ。


 どっかどかどか。


 おや、変わった牛様動物がいたものだな。百合愛さんもライダーになっているし。


「直きゅん。このピンクのブンモモモさんが、リーダーになって自分達でお乳を出す順を決めてくれるらしいリンリン」

「ああ、何て言ったらいいのかな。この場合」


 百合愛さんの息を切る姿が、艶っぽくもあったが、女子高生相手にそんな気持ちになったら、駄目だ。そうじゃなくて、お礼をしなければ。櫻女さんにもだよ。


「あ、あの。あ、あり……」


 そのとき、俺の頭に影が落ちた。見上げれば、ヤツがいる。


「あ! ニャートリーじゃないか。聞いてくれ。ボクは、大変だったんだぞ」

「おおがみファームをがんばるのが、農場長のお仕事ニャリヨ。でも、ゆっくりすればいいニャ」


 ニャートリーが俺の頭上にとまって、足をピンクのふわふわお腹に隠して座る。


「誤魔化したって駄目だ。ボクの傍にいてくれなきゃ、駄目って決めたんだからな」


 ニャートリーは、暫く毛繕いをしていた。だが、俺の髪も一緒に繕うな。そして、軽やかに飛び立つと、ニャートリー節を咲かせた。


「ニャンともいいお天気ニャン。小麦日和かも知れないニャ」

「おう、小麦か! 欲しいな。それにミルクがあれば、元気になれる」


 ここにいるのは、ブンモモモさん達。生乳を加工するにはどうしたらいいだろうか。美味しいパンとミルクが欲しい。『アグリカルチャー・アカデミー・生産加工編』、本を紐解くのも一つだな。思い出の栞を開くと、母さんは、パンまで捏ねて焼いていたっけ。

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