第17話 エモさに震える秋深し

「大切な話を忘れていたと思う。大神さん、櫻女さんと紫陽花さんとで麦踏みもしたから、畑へ行くといいと思うの」

「お! 先ずは、小麦か。菜七さん」


「私もがんばりました。大神くん」

「大神様、皆で、がんばりましたね……。そうですね、ふう……」

「櫻女さんも紫陽花さんも皆でって、感謝だよ。いくらスローライフでも、自分のことばかりにならないように気を付けたいよな」


 おや。さらりと感謝だと伝えられた。短いけれども、伝わってくれたらいいな。間もなく、金色が飛び込んで来た。小麦が、穂を揺らして、沢山実っている。


「すっごい。壮観だなあ……」


 俺は感動していた。麦踏みに参加しなかった。それなのに、皆の力と麦の生命力で、ここまで畑以上のことになっている。


「なあ、ニャートリー先生。こういうのが、エモーショナルと言うのかな?」


 ニャートリーが、畑にうずくまる。蔬菜ぽんぽん種のときを思い出した。


「感動するのは、いいと思うニャー」


 こうしていると、所作は花園の守り神だと実感する。気品があるし、神々しさも感じた。


「ニャーン! 産気づいたニュアア」

「驚かすなあ!」


 暫く力んでいた。


「今度は、卵をつまらせるなよ」

「お経を唱えていて欲しいニャ」

「ルーツはどこだよ。ボク、分からなくなるだろう」


 仕方がないので、本当に拝んでみた。俺は詳しくないので、手を合わせるだけだが。そうかと思うと、一声啼いた。


「疲れたニャン」


 薄紅色の卵を体の下から嘴で出す。ニワトリでもチャボでもないわな。


「これも大切に育てるニャリ」


 ニャートリーは嘴をカッと開いた。


「花園の守り神が命ずる。【ドラゴン放水】で、種に祝福を!」

「第六柱のJK女神の卵なのか」


 菜七さんに目をやると、首肯してくれた。紫陽花さんは顔色が悪そうだが、大丈夫か。櫻女さんは、百合愛さんを呼んで来るらしい。


「後は、待つのみかな」

「大神さん。大丈夫だと思う」


 眩しくて見ていられない笑顔だ。


「きゃー! 菊きゅんも連れて来たよ。直きゅん!」

「どうした? 結局の所、櫻女さんは、全員集めてくれたのか」


 百合愛さんは、顔を覆って驚いている。菊子さんは、何故か百合愛さんにしがみついている。俺の頬を眩しい光が後方から射た。恐る恐るそちらを向くと、紫陽花さんが、顔を強張らせていた。


「ま、まさか。このタイミングで新女子高生女神のご降誕か」


 俺は唾を飲んだ。あの薄紅色の卵が女神のものなのか。秋の桜と書いて、コスモスと呼ぶと聞いたことがある。小さな秋桜がすっと伸びると、平たい花弁の花が開き、小柄ながらも存在意義がひしひしと伝わってくるJK女神が姿を現した。


「ニャンともさっと」

「行くのか、ニャートリー先生。飛ぶのか?」


 後ろから風を感じて振り返る。ニャートリーが滑空し、すかさず啼いた。


「この女神のニャートリーノ投影!」


 ニャートリーから女神様の後ろに大きくブルースクリーンが出された。


 ◆秋桜の女神◆秋桜しゅうおう・特技【八栞やつしおり


「名前の方は、秋桜さんと書いてコスモスさんだろうか。これで、六柱もの女子高生女神が揃ったということかな」


 俺は、顎に手をやって、秋桜さんがどうするのか見ていた。しかし、彼女は、秋桜の花弁を捨てたら、じいっと立っているだけだ。どうしたのか。しんとしてしまったな。困った。会話が手持ち無沙汰だ。


「大神くん。この方は、秋桜さんです。東京都とうきょうと杉並区すぎなみくにある、三美神さんびしん大学附属だいがくふぞく高等学校こうとうがっこうの三年C組で、文芸部に所属されています。とても読書家で有名です。メガネもチャームポイントとしていいでしょう」


 櫻女さんが、紹介してくれた。流石はクラス委員だ。内容も成程という感じがする。文芸部だものな。


「菊きゅん、いつまでもこのままでいたいけれども、そんなにべったりしていられなくなったじゃん」

「百合愛。……仕方がない」


 問題でも起こったのか。菊子さんが、秋桜さんに向かって、カツカツと進み行く。


「菊きゅん。止めて!」


 百合愛さんの悲鳴に満ちた涙声を無視して、菊子さんは、秋桜さんを睨みつける。そして、現れたばかりの秋桜さんをビンタした。その風に煽られて、秋桜さんは揺れるように倒れ、頬を庇いながら面を上げた。ある意味、秋桜さんが初めて動いた。


「菊子さん、喧嘩を吹っ掛けるなよ。穏便にスローライフでも楽しもうよ」

「だって、コイツは……。オレの駆け落ちが失敗したとき、傍にいてくれた百合愛の唇を奪いやがった」


「んーにゃ?」


 俺まで、ニャートリーか。菊子さんが駆け落ちを失敗だって。ここには、百合愛さんがいる。だから、最初に駆け落ちした方が別にいるのか。この中の誰かかな。それで、秋桜さんが、百合愛さんを求めたと。


「しゅ、秋桜しゅうおう様、お久し振りです……。ふう」

「え? コスモスさんと読まないのか? 紫陽花さんが話すとはどうかしたか」


 ギクシャクしているな。


「大神くん。この方は、しゅうおうさんですね」

「櫻女さんもご存知なのか。結構有名なんだね。初めまして。大神直人だよ」


 一応名乗って置かないと、皆からの視線が痛いな。


「ニャーともニャーとも知らないニャー」


 ピンクの猫鶏が、何故か頬を染めている。赤い絵の具をぐったりと刷毛で殴ったようだ。


「またニャー!」

「おい、置いて行くなよ。ニャートリー!」


 空高く飛んで行ってしまった。太陽と被って星になってしまい、もうピンクのもこもこが感じられない。

 

「ニャートリー先生。照れたのかな?」


 どんなことに対して照れたのかは、後で訊いてみよう。おや、俺ってそんなにニャートリーと親しかったっけ。大きなお世話かも知れない。


「私をぶったのは、菊子さん。恋の栞を挟んであるの。ぶたれたら、ぶち返すわ」

「コイツ。【八栞】を出すのは、卑怯だぞ!」

「菊子さんが悪いのよ。イケナイ子……。我が身に禍をもたらす不届き者には、成敗を! 天空より、【八栞】よ、この手に集い給え――!」


 空が急に曇り出し、一条の光が秋桜さんの天を示す指に巻く。


「行け! 本当の姿を! 行け! 女神の皮を剥いでしまえ」


 全員の異なる女子学生服が、徐々に、脱がされて行く。服が飛んで行くのではなく、自分で脱いで行くんだ。


「ああー」

「きゃー」

「やめてー」


 こんなお色気シーンは、求めていないぞ。俺の好きなギャルゲーの攻略コースは、なかよしコースだ。次の瞬間から、どう呼び掛けたらいいのか、分からなくなるじゃないか。


「ボクは、本当は、ここを離れたいんだ」


 後ずさりを余儀なくされる。


「そうだ、古代遺跡に行こう! 俺は、向こうで隠れているから、皆、きちんと服を着るようにね」


 あっちゃー、下着姿にまでなっちゃってる方々も。着替えの素早い百合愛さんなんて、もう表現してはいけない。


「ボク、変態ではないから!」

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