第2節 夏は木陰が似合う
第7話 マヤ文明の農業に海亀の涙
「そうだ、産まれると苦しんでいた」
俺は、蔦から離れると、三メートル行った所に、綺麗な切株を見つけた。診察台として使おう。楽な姿勢をさせようと、横向きに寝かせた。ほぼ丸いので、横も見つけにくいのだが。
「こうして見ると、小さな花園の守り神なんだな。がんばってたんだ」
相変わらず筋肉が硬直化しているが、亡くなったと判断するのは、まだ早い。息を吹き返すこともあるだろう。
「レントゲン検査もできないから、触診ですまない」
丸いニャートリーの下腹部に触れる。俺の指先までピンクに染まりそうで、どきっとした。
「照れている場合か。真摯に取り組め」
体を痛めないように、こりっとしたものがないかを探る。
「大神くーん」
「大神さーん」
数メートル先から、おにぎりこそ齧っていないが、朝食少女が現れた。無論、櫻女さんと菜七さんだ。
「呼んだ覚えはないのに、厄介なのが、二人来たな。でも、ニャートリー先生も万が一のときは、寂しくないようにした方がいいだろう」
俺の目の前まで来て、二人は、肩で息をしていた。
「よく来たね。どうやら、ニャートリー先生は深刻なご病気だ」
「ええ! 病気などない筈です」
「大神さん、この花園には、命に終わりがないとの噂があると思うよ」
概論は、後回しだ。目の前のコイツを元のふわもこにしてやるんだ。
「悪いが、急いでいるから、静かにしていてな」
二人は、目配せをして、すっと口を閉じた。まさか、このようなことになっているとは思わなかったのだろう。楽しいニュースでも教えに来た所かな。さて、精神を集中させて。
「下腹部の下から指五本上に、こりっとしたものを感じる。ふむ……」
農学部に畜産科もあり、俺のゲーム友達がいた。インテリな女史だが、そこだけは打ち解けられる仲間だ。インコでこの事例を話してくれた。
「卵塞症、つまりは、卵づまりだ……!」
「卵づまりですか?」
「初めて聞く病名だと思う」
原因が分かれば対処もしようがある。
「ああ、神様っているのかもしれない」
「私は、桜の女神です」
「菜の花の女神だから、覚えておいて欲しいと思う」
「助けなければならない」
不気味な汗を掻いて来た。菜七さんが、草汁のハンカチで額を拭いてくれた。よかった。ニャートリーに汗が掛からなくて。
「ああ、助かったよ」
おや、ありがとうでお礼をしなくても伝わるのかも知れない。それも大切だが、猫鶏に集中しよう。
「ニャートリー先生も鳥類部分あったんだね。大体、種を卵で産む位だから」
冗句かましている場合でもない。
「これは、双子かも知れない……。無理矢理卵を誘導しても危険が伴う。しかし、卵よりも体を優先したい」
あの畜産のレイって女史から知恵を借りたな。
「適温の小屋に入れておくのがいいとも聞いたことがある。古代遺跡でそのようなものがあったな。あれは、畑に持って行ったのか?」
「いえ、抱っこよりいいかと思い、持って来ました」
「気が利くな! ナイス! 櫻女さん」
「いいことだと思う」
「菜七さんは、羨まないところが、殊勝でいいね」
早速、無理のない姿勢で、ニャートリーをペット用キャリーバッグに入れた。これは、室内犬を入れる位のタイプだ。
「後は、そうだな――。祈って、待とうか」
「そうしましょう」
「いいと思う」
菜七さんが、もじもじしている。お手洗いかだろうか。JK女神だが。
「あの、【抱菜】を使ってもよろしいでしょうか」
「それがあったな! 頼むよ」
菜七さんは、キャリーバッグの透き通った窓越しに、特技を使うようだ。様子を見る為だろうな。
「分かりました」
菜七さんは、すっと一気に高地独特の空気を吸い込んだ。
「菜の花の女神、菜七が命ずる。菜の花の聖なる力を解き、一面の黄色い花にむせぶ香りで癒しを与えよ。【抱菜】よ! 我の
菜七さんは、そこで、くりっとしたゆるい天然パーマがかった菜の花色の髪を右手で風に流した。菜の花の赤ちゃん達が、わちゃわちゃと遊び出す。わちゃわちゃって、どう定義すればいいのか。キャッキャウフフでもないしな。小さな彼女らに見入っている内に、【抱菜】も盛りを得た。
「我に秘めたる【抱菜】の香しい舞よ、届け――! 我が祈りよ、命の鼓動を揺り動かし給え!」
真剣モードの詠唱って、カッコいい。おっとりした雰囲気よりも、大柄でも家庭的な雰囲気が前に出ている。
「ポフン、ポッフン」
「聞いたことのない音だな。いや、この世界では、あったかも知れない」
顎に手を当てて思い出そうとするが、俺の髪より短い記憶に入っているようだ。
「やりましたね! 大神くん」
「花園の守り神様は、卵を二つ産まれたのだと思う」
もう、ピンクのオーラで、参った、参った。
「そうか! でかした。ニャートリー先生」
待てよ。これって父親が母親に感謝する場面ではないか。
「恥ずかしいー」
◇◇◇
「じゃあ、ニャートリー先生をキャリーバッグのまま畑に連れて行く大臣は、ボクな」
「ずるいですよ」
櫻女さんて、猫鶏を好きだったっけ。失いそうになると大切さを感じるとかかね。
「卵を護る程、花園の守り神様にお力がないようですから、私達で運びます」
「一個一個にしたらいいと思うよ」
「そうしましょう。薄紫色のが私で、クリーム色のが菜七さんね」
畑へは、行くときよりも楽に帰れた。だが、太陽は傾いている。
「よし、土も被せたし、後は、【ドラゴン放水】はしたいなあ」
二人は、頷いていた。
「いくら、【散桜】でも、先ずは水が命です」
「分かる、分かるよ」
でも、あの井戸は枯れてそうだったからな。無駄足になりそうだし。
「――ボク達は、毎日晴だから、恵の雨を知らない。水源確保の謎解きは、古代遺跡で行うのがいいだろう」
すっかり、ぐったりしていると思っていた。
「ニャートリー復帰だニャ。【ドラゴン放水】は、引き受けたニャンヨ」
「産後の肥立ちによくありませんよ、先生」
「ぷ、ぷひー。とにかく、水は心配するでないぞい」
よたよたと、キャリーバッグから這い出て来た。翼は、もう難しいのか。
「がんばるニャ。女神達の為だニャ」
少し羽ばたくと、もう厳しそうだった。
「ニャートリー先生、可愛い卵の種のことだ。心配するのも分かるが、よそう。卵は恵まれるかも知れないだろう?」
「こ、この女神達を守るニャン。その為に、がんばるのが、花園の守り神なのニャ……」
よたよたとだが、飛び上がれた。どこに、そんな愛情と根性が秘めていたのだろうか。俺は呆然としたが、今は無理をさせないようにしないと。
「よすんだ、体に悪い!」
ニャートリーの足の方へ手を伸ばす。だが、もう臨戦態勢だった。
「いざ。【ドラゴン放水】だ――!」
二つの花に、見事なまでに働くと、消えるようにキャリーバッグに戻って行った。小刻みに堪えているようだ。
「綺麗な花だね。今度は、紫陽花と百合だよ。ニャートリー先生、聞こえている?」
「ニャーすーニャーすー」
「寝ているのかい」
俺も疲れていたので、午睡を取った。
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