第8話 紫陽花の空に

 流石の昼寝大臣、俺も大地から特別な花の香で目が覚めた。香しい桜と菜の花。この花園には、あちらこちらに様々な草木が見えるが、花のJK女神が誕生することによって、強まるようだ。芳香剤プウーンではない。


「大神さん、揉めていると思うの」

「一体、どうした」

「紫陽花と百合が、花を開かずに、ブツブツ文句言っています。大神くん、言いつけではありません」

「二柱の女子高生が、花を咲かせずに、女神にならないのか」


 目を擦りながら起きた。先ずは、木陰に置いておいたキャリーバッグに視線を送る。もっと、近くで眠っていた筈だが、寝返りが激しくて、背側へ五メートルも移動してしまった。ゴロゴロして戻るのは、幼稚だからよそう。立ち上がる。


「ニャートリーは、ご無事かな? それだけは、確認したい」


 寝返りは自由として、俺の恥ずかしい寝言がなかったか心配だ。


「畑へ行くニャリヨ」

「ニャートリー先生は、いい子にねんねしてなさいよ」


 頬を膨らませてもどこが頬だか分からないけれど、お冠のようだ。体調不良が分かっていないんだろうな。俺一人で、畑へ様子を見に行った。


「そうだな、渋っている。喧嘩でもしているのか?」


 まさか、花が揉めたりしないだろう? 女神になりたくないのかな。女子高生だし。JK女神の心情は、JK女神に訊くといいかも知れない。


「そうだな。【抱菜】を持つ、菜七さんが適任だろう。頼むから、優しく労わってくれ」

「葉七は、仲良くなって欲しいと思う! 強く思う!」


 菜七さんが、特技の【抱菜】をお披露目してくれそうだ。


「菜の花の女神、菜七が命ずる。菜の花の聖なる力を解き、一面の黄色い花にむせぶ香りで寛容と赦免を与えよ。【抱菜】よ! 我のかいなに宿り給え」


 あたたかい萌える黄色が、辺り一面を包んだ。俺もその一つだったりする。菜七さんは、ゆるいウエーブがかった菜の花色の髪を右手で風に流した。菜の花の赤ちゃん達が、わちゃわちゃと遊び出す。わちゃわちゃ、わちゃわちゃと、【抱菜】も盛りを得た。


「我に秘めたる【抱菜】の香しい舞よ、届け――! 我が祈りよ、平和と安寧を与え給え!」


 つーん。神聖な空気に囲まれる。花のブツブツの繰り返しが止まった。


「ああ、芽が……」


 芽が柔らかく膨らんで、花をつける。紫陽花と百合が。これは、期待していいぞ。しかし、大変なことが起きた。


「茸も生えた? おいおい、茸もだぞ」

「茸って、食べ物です。儲けました。大神くん」


 俺は焦っていたのに、櫻女さんは呑気だな。櫻女さん、ほくほくしたって、駄目だよ。


「茸は、私の【抱菜】で生えるのですね」


 な、菜七さんったら。そんなことがあるのか。舐めてた。実は本気で凄いのですね。ガクッと肩を落とした。


「違うよ。茸には、神経系や消化器系をやられるものもあって、危ないんだぞ」


 一応、食べる際のご注意をしておいた。大学の担当教官が、茸の本も出されおりましたから。だが、際どい話だったようで、菜七さんと櫻女さんは、ちょっと引いたようだ。


「そうなのですか」

「それは、残念だと思う」

「でも、研究する価値はあるぞ。栽培可能なら、美味しい食材だ。種の心配も菌床だから、皆でコントロールできるかも知れない」


 ふと、後ろから、紫の神々しい光が射し込めて来た。


「やったぜ」


 俺は、拳を突き上げる。


「花からJK女神のご降誕か! どんな女子かな?」


 振り向こうにも眩しすぎて振り向けなかった。目を瞑って、手で覆いながら、悔し紛れに振り向いてやる。俺が攻略できない女子高生女神がいる訳がない。ギャルゲーのクリア数、カウントマックス持ちだからな。


「あ、僅かに神々しさが柔らかいというか、暗くなって来たのか?」


 ガサゴソと、木陰から物音がする。キャリーバッグの扉越しに、嘴で、ツンツンしていたニャートリーと目が合った。もしかして、ブルースクリーンの準備か。体調は回復して来たのだろうか。


「この女神のニャートリーノ投影!」


 ニャートリーから、女神様の後ろに大きくブルースクリーンが出された。


 ◆紫陽花の女神◆紫陽花あじさい・特技【雨霧あまぎり


「ほうほう。これなら読めるよ。あじさいさん」


 紫の瞳が俯きながら語っている。髪も紫で、ロングヘアーが結ばずに梳かれて、輝いている。制服は、白い襟を被って、深緑のリボンで留めた。他の生地は、肌も殆ど見えないロングの紫陽花の如き紫色だ。七変化とも言うが、俺のイメージする紫陽花はやはり紫だな。


「ふう、そうです。でも、奇妙よね」


 かなりの俯き加減に暗さ、今までの二人とは違う。先程の櫻女さんと菜七さんは、おきゃんだしな。ありり、死語だったかな。


「は?」


 俺だって、タヌキ顔になるだろう?


「どうなっているのかしら?」


 ああ、転生したことを受け入れられていないのだな。女子高生が元なのだろう。無理もないな。


「そ、そうだ。自己紹介をしよう!」


 俺の仲良し促進委員会は、これしかしないのだろうか。


「ボクの簡単自己紹介ね。大神直人、農学部の大学生で、畜産学のチートがあるかもよ」


 普通、趣味や性格などについて語る所だが、これでは、ただの学歴だ。現役だから、職歴もなし。いい所は、若いこと位かな。そう思うなら、伝えればいいのに。さっきみたいに、ありがとうの定型文で話さなくてもいいと分かった瞬間、俺のニューロン、シナプスは、活発かつ増量したのだがな。


「むさい野郎だけど、花も好きだったりするよ」


 そうだな。多分、夏。シーズンは夏だ。どう知り得たかは、母さんが生け花の師範だからだよ。優花にも時折教えていたな。俺の方が向いている気がしないでもない。優しい花と、素敵な名前をお持ちなのだが。ちょっとセンスが一本違う。


「紫陽花さんって、駄目だと直ぐに落ち込み易いタイプ?」


 俺ったら、いきなり失言してしまった。謝らなければ。でも、どうしたらいいのか。


「ふう、そうです」


 ずっこけ。認めるの? まあ、先へ行くか。


「学校は?」


 多分、これなら無難な話題だ。


青森県あおもりけん弘前市ひろさきし聖泉大学せいせんだいがく附属ふぞく高等学校こうとうがっこう、二年いち組、英語部えいごぶです」


「英語、なら、洋画や洋楽がより楽しめるかもね。他に、好きなものは?」


「猫と神様です」


 ぶっ。生ものの悪友ニャートリー、モテるだろうよ。


「でもさ、紫陽花さんも神様だけどね」


 ありり。更に俯いてしまった。失言、パートツーかよ。


「感動したことは?」

「教会で、不思議な経験をしたのが印象的です」


 どんな風に不思議なのだろうか? 女神になる位だから、転生かな?


「嫌っているものは?」

「タピオカです。ふう、そうです」


 タピオカさん。誰の名前だろうか。俺ったら無知を晒しているよ。


「ボクのこと、こちらの櫻女さんは、大神くんと呼んでくれる。その隣の菜七さんは、大神さんと呼ぶよ。紫陽花さんはどうするかな?」

「えーと。で、では。大神様おおがみさまにいたしたいと思います。ふう、そうです」


 様が敬称だと。俺は、夏休みをゲームで潰しているようなあるある学生だが。様ねえ。それはないだろうけれども、彼女の気持ちも考えるか。


「OK、OK」

「素敵な自己紹介だったと思う。紫陽花さん。菜七と呼んでくださいと、思うの」

「呼び捨ては、ちょっと。ふう」


 やはり、遠慮がちな子なんだな。修道院を思わせる学校の制服、きっとミラクルを起こせるだろうよ。


「うん。菜七さんでお願いしたいと思う」

「私は、櫻女さんね!」

「よろしくお願いいたします。ふう、そうです」


 自己紹介も悪くないな。俺は、ちょっと喋って喉が渇いた。百合の花も様子を見て来ないと。双子だからな。この二輪は、夏の花だろう。

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