第9話 茸と百合ん娘
「キャリーバッグに入れて行くから、ニャートリー先生、百合の所に行かないか? 皆にも行って貰うよ」
「行かないニャー」
「疲れているのかな。折角の双子だかよ。紫陽花さんは、夏のお姉さんだね」
ニャートリーは、片目をキラリと光らせた。キャリーバッグの中からも分かった位だ。海亀化を思い出したのかな。
「やはり、行こうかニャン」
「偉い! 流石は、JK女神の母。もとい、花園の守り神様、ニャートリー先生」
三柱のJK女神、ニャートリーを抱えた俺と連なって歩いた。
「美しさ期待大の百合から生まれる女子高生女神に会えるのかと思うと楽しみだね。諺で、『立てば
俺は、黙っているのも空気が淀んで来るので、愉し気な話を振った。
「あら、シャクヤクの女神とボタンの女神がいたらよかったですか」
「櫻女さん、ちょっと違うよ」
「大神さん、櫻女さんって、本当に綺麗だと思う。真面目だとも思うよ」
さっと、菜七さんがフォローに回ってくれた。
「あ、ああ。そうだな。櫻女さん程の美人は、見たことがなかったな」
「やーだー。今、気が付いたのですか。私は、殆ど鏡も見ませんし、勿論、女子高生なので化粧などしないものですから」
「すっぴん美人だよな」
ここまでプッシュすれば、バッチリだろう。
「――ありり。百合の花はまだみたいだね」
ジリジリジリジリ……。
非常ベルじゃなくて、陽射しが脳天割りをする音だ。
「ニャートリー先生。もう、【ドラゴン放水】はしなくて大丈夫かな」
「神聖なドラゴンの水ニャリヨ。一回で花を咲かせるのに十分な筈ニャン」
俺は、木陰がこちらを向いているいい場所を見つけた。
「そうだな。皆が倒れないように、四メートル先の木陰で待とうか」
「ニャ! メートル?」
メートルが目新しいのか。
「そうだな。新聞紙の対角線とかを目安にしたものだが」
「シンブンシ、ニャ?」
「読めば頭の栄養になり、着火に便利なアイテムでもあるよ」
キャリーバッグの中で、コロコロと笑っているようだ。
「知らないことが沢山あるニャ」
「殊勝な所、株が上がったぞ。ニャートリー先生」
さて、直ぐに着いた。
「やっぱ、涼しいな」
「ねえ、涼しいです」
「涼しいと思う」
「寒いです……。ふう」
やわらかい物を踏んだ。生もののニャートリーは、このバッグにいるから違うとして、踵をそっと上げてみる。
「おい、だーれだー! こんな所にも茸を生やしたのは」
三人とも、首をブンブンと横に振っている。
「始末してやる」
小さな茸の傘を持って、引っこ抜こうとした。
「思ったより、根が張っているのか?」
足で踏ん張って。せーのっせで。
「釣れた――!」
「これから、食べたらいいかも知れないと思う」
「なあ、菜七さん」
結局食べるのか。
「ひっ」
「櫻女さんは、無理しなくてもいいよ」
花なのに、虫とか嫌いそうだよな。
「ジメジメ……。ふう」
「分かった。食べたいんだね。紫陽花さん」
紫陽花さんの言葉が分かるとは、三人目にして最強になって来たな。
「皆は待っていて欲しい」
俺は、わくわくして、支度をした。調理器具も一人で三往復して取りに行ったものだ。簡易だが、四角い石の間に金属の板を渡す。丁度いい鉄板ができた。鉄板の下には、よく乾いた枝を入れた。新聞紙があるとよかったが、なくても火は確保できる。
「ニャートリー先生、火をお願いいたしたく。この小枝に」
キャリーバッグから出ていただいた。
「聖なる火竜の力よ、我より出でよ。【火炎ドラゴン】――!」
ボボボボボ……!
凄い。暑い日に熱い。そこかって突っ込みはなしだ。
「フハハ。笑っても構わないぞ。茸は毒見なしで行こう。皆で異世界の問答無用茸焼きだ! さあ、更なる茸の収穫だ」
「では、紫陽花さんに【雨霧】を頼んで、茸にいいジメジメ環境を作って貰いましょうか。大神くん」
俺が紫陽花さんの方へ体を向けると、紫陽花さんは、肩を落としていた。どうしたのだろう。
「ごめんなさい。花から産まれる前に、ドラゴン放水が不足していた為、【雨霧】を使い切ってしまったのです。大神様。ふう、そうです」
意外な告白に、ニャートリーと俺は、ある仮説を一瞬にして立てていた。
「ドラゴン放水が不足していたとニャ?」
「紫陽花さん。何でまた。茸暴走と関係があるのかい?」
俺は、茸焼きのことは、どこかに吹っ飛ばしてしまった。
「あのね。ちょこっと百合の蕾から滴るような水があったと思う。それで、【雨霧】を私からお願いしたのだと思うの。すみません、大神さん。だから、紫陽花さんのせいにはしないで欲しいと思うのよ」
「菜七さん。よく観察していたね」
「同意見ニャリヨ」
ニャートリーと俺が感心していると、横から肘で突かれた。
「むっ。私も気が付いていました」
「分かっているから、大丈夫。櫻女さん」
菜七さんと紫陽花さんは、茸焼きに戻って、焦げないように裏返していた。紫陽花さんも大人しいものだから、菜七さんの方が合うのかもな。
「さあ、もう直ぐいい焼き具合だぞー。もう、茸大好きかもな」
俺達は、わちゃわちゃと、茸を平らげた。
「ああ、愉しかったな」
後は、ニャートリーをキャリーバッグに入れて、百合の近くへ連れて行こうとしたとき、つむじ風が邪魔をした。俺は、風の行方を両の眼で追った。そのときだ。
「百合の花が?」
白い百合の蕾から滴る水が赤く煌めいていた。
「まさか、茸焼きが
赤い血のような蕾の滴りと共に、するりと女子高生女神が現れた。その真っ赤な髪と唇が印象的だ。制服もピンクのブラウスに赤いラインが入っており、黄色いジレが引き締める。百合の花をかたどるようだ。
「ご降誕じゃーん! 百合の花も気持ちがよかったなあ!」
大きな伸びをした後、ブラウスの乱れを直している。これが、百合の花のJK女神なのか。
「随分とおきゃんな百合ん娘だこと。ボク驚いちゃった。『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』は、どこへ?」
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