37.鈍感な奴は腹に肘鉄をくらう。

 バー、蒼穹の角になだれ込んで来た、どう見ても世紀末救世主の伝説に出て来る主人公に敵対する側の人々みたいな服装の者たち。人間、エルフ、ドワーフ、オーガ、トロール、あ、リザードマンは初見ですね。様々な種族の者たちだったが、頭部に毛のあるものは皆、モヒカンをしている。


「アリス・エイタロード。我々と一緒に来てもらおう」


 先頭の、やたら体格の良い人間の男が言う。アリスはこの男の声を、甲高いヒャッハーな感じにイメージしていたが、実際出て来た声は、落ち着いた低めの声だった。


「何の用だ!?」


 アリスは男を睨みながら言った。


「ブラックヘヴラーめ、こんなところまで!」


 魔銃を手にしようとするアリスを、アオーニが慌てて止めた。


「どうしたんだ、アリス!?」

「どうしたも何も、こいつら、ブラックヘヴラーだろう?」

「何を言っているんだ?」


 不思議そうな顔をするアオーニ。アリスがふと見渡すと、ブレーメンたちは臨戦態勢どころか、落ち着いて、いやなんならちょっと驚いたような不安そうな顔でかしこまっている。


 とりあえず、ブラックヘヴラーじゃないんだろうか?


 そう思うアリスに、アオーニは言った。


「何を勘違いしたが知らんが、この方たちは、『王宮近衛騎士団』の方々だぞ?」


 あまりに予想外な単語に、アリスは口をカクンと開いて呆然となった。





「なるほど、アリスが前にいた世界では、こういう服装の者は、ヒャッハーな悪党なのか」


 アオーニが言う。アリスは頷いた。


「うん、とてもじゃないが、王家の騎士団のイメージはちょっと無いな」


「ともあれ」先頭にいるモヒカンの大男が言った。「急に現れたことをお詫びする。私は団長のヒャッハー・アントニウス。ヒャッハーと呼んでくれ」


 まさかの名前に、アリスとアオーニはちょっとびくっと驚いた。


「どうか、我が姫の下へ、来ては貰えないだろうか?」


 丁寧な態度と丁寧な言葉。だが、見た目も名前もヒャッハーなこの男に、アリスはいまいち情報の整理が追いつかない。

 あ、体格だけじゃなく頭もデカいなあ。とか、そんなことを考えてしまう。そのせいで変な間が空いてから、アリスは聞いた。


「——姫?」

「うむ。我らの姫が会いたがっておられるのだ。ちょっとやばいくらいに」


 アリスは「やばいくらいに」が気になったが、それを聞くよりも先に、ドロシーが質問した。


「姫様が、アリスにあってどうするつもりなのかしら?」

「うむ、それは——」


「ここじゃ、話せないってか?」

 アオーニが続く。


「そういう訳でもあるかな? その——」


 困ったように口籠るヒャッハーに、アリスは言った。


「ここにいるのは、俺の信頼できる奴らだ。ここで話せないっていうなら、俺は行かないぜ?」


 アリスの言葉に、アオーニたちは皆喜んだ。一人、過剰に反応し過ぎたブレーメンがくねくね踊り出したが、アリスが不愉快そうな顔で頷くのをアオーニが見ると、その大きな手でブレーメンをぎゅうぎゅうに締め付け、絞った。

 その光景を見ながら、ヒャッハーは手近にいたリザードマンの団員とこそこそ話す。


「こんな展開になっちゃったけど、言ってもいいかな?」

「まあ、信頼できる者たちだけなんだったら、良いんじゃないか?」


 こそこそ話す二人に、結論を促すようにアリスは咳払いした。それに答えるように、ヒャッハーはアリスに向き直ると咳払いした。


「なら、話そう」


 話すんかい。


「姫様は、アリス・エイタロードに恋慕してなさる」


「え?」


「そして今夜の雨は何だか寂しくて、会いたい気持ちが辛抱堪らん」


「え?」


「以上が姫様がアリス・エイタロードに今夜会いたいセンチメンタルな理由だ」


 突然のことに、正直、アリスは返答に困った。

 あまりに唐突なことであったのと、ここに来て、アリスの中に、権力には容易に屈さないぞという無駄な心境が沸いたためである。

 ちなみにアリスの中の姫映像は、お世辞にも万人向けの可愛いと綺麗とは正反対の、わがままで個性的な外見の女性で構築されている。


 そんなアリスを見て、ヒャッハーはぽつりと言った。


「姫様はハイエルフで、中でもとびきりの美人ですよ。透明感がたまらない」


 ヒャッハーの言葉を確認するように、アリスはブレーメンを見る。


 黙って、頷く。


 さらに確認するように、アオーニを見る。


 黙って、頷く。


 その後ろでソーニャが笑顔で手を振った。


 こくり。

 アリスは、美少女だが男前な表情で頷いた。


「行きましょう。その姫のところへ!」


 グッと握った拳を、使命感たっぷりに顎の前に立てるアリス。その腹部に、ドロシーの鋭い肘鉄が決まったが、アリスは驚くばかりで、何も分かっていなかった。

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