8.駆動機神(モーターマシン)。

「おい! あれは何なんだ!?」


 気持ち悪かったが、アリスは変態の胸ぐらを掴んだ。


「あれはね、駆動機神モーターマシンだよ」


 胸ぐらを掴まれて気持ちよさそうな顔をするブレーメンに腹が立ったが、我慢した。


「モーターマシン——」


 巨大な鉄の塊を見上げながら、この世界の巨大ロボットの総称であろう単語を、アリスは声に出して言った。


 いぶし銀色の全身に、差し色の赤と緑。四角いパーツが、蛇腹の関節で繋がれている。顔は変だが、とにかく25メートルのそれが動いていることが、アリスにはあまりに衝撃的だった。


「どうだ! 驚いたか異世界人!」


 ホコリまみれでみすぼらしくなった偽ブレーメンが、倉庫の奥から言った。大きい声と態度にイラついたアリスが、不機嫌そうに返す。


「うるせえぞ、偽物。似せるならもっと上手くやれ。まあ、どの道、俺はブレーメンのことは知らなかったから関係ないが」

「偽物とか言うな! 俺様はトレス! 秘密結社『ブラックヘヴラー』が隊長格テン・サークルナイツ第三の男だ!」


 ホコリを払いながら態度のデカいトレスを、アリスは目の端で、嫌そうな顔で見る。


「だからうるせえよ。トレスだか何だか知らねえが」


「アリスちゃん」


 頭のべたべたのすっかり取れたブレーメンがアリスに声を掛ける。どうやって取ったかは、考えないことにした。


「奴らこそが、僕たちの、いやこの世界の敵、機械化秘密結社ブラックヘヴラーだ」

「そうか。あんな面で秘密結社なんて名乗る奴は、大概悪者だろーな」


 随分と一方的な意見を述べてからニヤリと、アリスは笑う。

 そんなアリスの両肩に、ブレーメンは手を乗せた。それはもう真面目な顔で。


「アリスちゃん」


 アリスはブレーメンをひっぱたいた。


「くさい」


 ひっぱたかれたブレーメンは「えっ!? えっ!?」と驚いているが、頬がほんのり上気していることから、ひっぱたかれたことは嬉しいらしい。


 くさい。


 アリスは思った。


 考えたくないが、こいつ、ぶっかけられた桃ジュースを全部なめたな!


 ブレーメンの腕から発せられる異臭は、とても耐えがたかった。


「酷いやアリスちゃん」


 酷いと言っているが、露骨に嬉しそうな表情である。


「あいつらはこの世界を完全に機械化しようとしている。だが、そんなことをさせるわけにはいかない。だからアリスちゃん、君の力が必要なんだ」


 来た!


 一生に一度は言われたいけど先ず言われることなく一生を過ごすであろう単語来た!


「そのために、俺はこの世界に来たんだろう?」


 長い金髪をかき上げ、カッコ良く返してみた!


「うん。この世界を救うための力を、君は持っているんだ」


 異世界転生。おっさんから美少女へ。そして今、この世界を救うヒーローへとなろうとしている俺最高!何かずっと向うのほうでトレスとかいう奴が喚いてるが、無視だ無視。あとブレーメンが臭いけど、我慢だ我慢。


「ということはあるんだろうな、この状況を打開できるような巨大ロボットが!」

「もちろん! 出でよ! モーターマシン『ヴァルディランナー』!」


 ブレーメンの声に反応して、倉庫脇の海面から浮上する、巨大な黒い影。それは、大きくいなないた。全長20メートルはあろうかという、二頭立ての馬車。車に当たる部分には、巨大な砲塔が二門、天に向かって斜めに伸びる。そして、巨大すぎる二頭の馬。面を中心に構築された全体は黒と灰色を主として、黄色の差し色が所々に入っていた。


 屋根の剥がれた倉庫の壁を壊して姿を現したヴァルディランナーの姿を見上げて、アリスは「おお!」歓声を上げる。トレスは「げえっ!」と悲鳴を上げた。


「なんだこりゃあ!」


 叫ぶトレスには誰からも返事がない。アリスは目を輝かせてブレーメンに聞いた。


「すげえ! 何だこれ!?」

「僕専用のモーターマシン、ヴァルディランナーさ! さあ、君も専用のモーターマシンを召還するんだ! 天に手を掲げ、『ヴァルディレオン』の名を!」


 俺専用のモーターマシン!


 ポーズが恥ずかしいとか、声に出すのが恥ずかしいとか、そんなことはぜんぜん思わなかった。そんなことよりも、ドキドキとわくわくが止まらない!


 アリスは、天に手を掲げる。


「モーターマシン、ヴァルディレオン!」


 獅子の咆哮が夜空に響き渡る。

 空間に現れた、巨大な炎の魔法陣。その中からのそりと、体長15メートルの機械のライオンは姿を現す。


 再び、獅子は咆えた。


 ゾ○ドだ!


 アリスは思った。


 ゾ○ドがここにいる!


 ヴァルディランナーと同じく黒と灰色を主とした配色。所々入った赤の差し色が、まるで炎を思わせた。

 見つめ合うヴァルディレオンとアリス。唐突に、予告も無しに、ヴァルディレオンはアリスにかぶりついた。



「ぎゃーっ!」


 異世界四度目の悲鳴を、アリスはヴァルディレオンの口の中で上げた。ドキドキとわくわくとは違う種類の強烈な心臓の鼓動が、耳の奥から聞こえる程だ。


 どっ、どこも噛まれていない。無事か。


 胸を押さえながらアリスは一息つく。見れば、目の前に、明らかにコックピットシートだよと主張した椅子があるではないか。


 恐る恐る、アリスは座った。


「なあーっ!」


 結構な勢いで動き出す椅子。アリスは必死に振り落とされまいとする。ものの数秒ほど勢いよく移動した椅子は、その動きを止めた。

 おっさんも美少女も、こんなときは同じポーズになるのかもしれない。崩れた女の子座りで椅子にしがみつくアリスは、涙目で不安そうに辺りを見渡す。


 おお——っ。


 思ったより少なめの計器類と、全面に張り巡らせたモニターには外の風景が映っている。手前にふよふよ浮かんでいる画面には、何だか分からないおそらくこの機体のステータスやら、外から機体を三者視点で映した画像やら。


 その中にアリスは、人、しかも可愛い女の子が映っている画面を見つけた。


 その子はアリスが見ていることに気が付くと、にっこりほほ笑んだ。


 可愛い。


 アリスのほほが赤くなる。見た目は14か15のくらいの女の子だが、はっきりとそれ以上の女性の、大人の雰囲気がある。そのぐらいの歳で外見の成長が止まる、ファンタジーゲームで見たことのある種族を、アリスは思い浮かべた。


 足の裏に毛は生えているのだろうか?


 長い茶色の髪を一本にまとめ、左の肩に流したその女性は、とても可愛らしかった。だが醸し出すお姉さん感は、アリスが今まで見たことのない新ジャンルの女性だった。


 可愛い。


「はじめまして。私の名前はドロシー・サテライトよ。ちなみに足の裏には毛が生えていないわ」


 見抜かれた。


 短い挨拶だったが、その口調と声色に絶妙なお姉さん感を感じる。40近いおっさんが十代半ばの少女にお姉さん感出されるのは、何だか萌えるな。


「有栖栄太郎、じゃなかった、アリス・エイタロードです」

「アリスにしたのね、名前。うん、可愛いわ」


 褒められてアリスは、「えへへ」と笑った。耳の長い美少女の外見じゃなく、おっさんのほうだったらなかなかの恐怖映像だ。


「それじゃあ、早速だけど、ブレーメンを敵のモーターマシン、マッターンから助けてあげて」


「えっ?」


 言われてモニターを見ると、マッターンと呼ばれた敵のモーターマシン三機に苦戦するヴァルディランナーが見えた。二頭の馬の片っぽが怒ったような目をして、もう一頭は涙目になってる。


 あちゃー。


「でも俺、動かし方が——」

「大丈夫。今から切り替わる画面の、赤いボタンを押してね」


 言い方が可愛いなあ、などと思っていたアリスの顔が、表示された画面を見て青く変わる。


 なにこれ。


 血のように赤いボタン。なんかそんな色の肩のロボットがいたなあ。そして見るからに怪しい白抜きの髑髏マーク。


 これ、押しちゃいけないやつだ。


 だが、馬のいななきが聞こえる。ボコられてるヴァルディランナー。ふと見れば、小さなモニターの中で、助けを叫ぶブレーメン。


 ふう。


 俺はため息を一つ吐くと意を決した。


 押すか。


 ボタンをポチったとたん、俺の頭にリング状の何かが被せられる。嫌な予感しかしない。続けて、全身を貫くような電気の痛み。これ、バラエティー番組の罰ゲームのやつだ。


 うががが。

 痛い、痺れる。


 それはものの十秒ぐらいで収まったが、その後も最悪だ。頭が痛い。気持ち悪い。

 おえっと、吐きそうになる。


 幸い中身は出なかった。


 目の前をくるくると回っている回復魔法文字のリングが、頭部にダメージがあったことを物語っている。


 うえー、しんどい。


 酷い二日酔いみたいな状況から次第に立ち直るの感じながら、アリスは機器類を見た。


 あれ?

 分かる、分かるぞ!

 さっきまでは何だか訳が分からなかった機器類々の用途が分かる!


 今のはおそらく、魔法かなんかでこの機体のマニュアルを俺にインストールしたな。

 ああ、しんどかった。もう二度とやりたくない。

 まだちょっと気持ち悪さの残るアリスの中で、ふと、一つの文字が浮かび上がる。


 『ヴァルディーガ』


 その単語をアリスが口にするのは、もう少し先だ。

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