9.魔導減滅空間。
コックピットの中を見渡すアリス。
「システム、オールグリーン」
コックピットに座ったら言ってみたかった言葉を呟く。ぞわぞわと、歓喜の波が背骨をくすぐる。
うふふ。今俺はライオン型の巨大ロボに乗っている。しかもおっさんではなく美少女の姿で!
ああ! 何だか興奮するなあ!
アリスは、美少女プラス巨大ロボに興奮することの出来るおっさんであった。
二本の操縦桿をぎゅうと握り締める。アリスの意気込みと高揚感がヴァルディレオンに伝わって、大きく咆吼した。
やれる。
やれる。
「やぁってやるぜ!」
アリスは叫ぶと、ヴァルディレオンを一体のマッターンに飛びかからせる。驚いたように、だがガードの体制を取った左腕に、ヴァルディレオンは噛みついた。マッターンは飛びかかったヴァルディレオンの勢いを殺しきれず、背中から倒れ込む。倒れたマッターンの顔面を前足で踏みつけ地面に押し付けると、ヴァルディレオンは首を振ってマッターンの左腕を噛みちぎった。
「アリスちゃん!」
三体同時のマッターンの攻撃から解放されたブレーメンが、嬉しそうにその名を呼ぶ。モニターでそれを確認するとアリスは、ニヤリと笑ってこう言った。
「さあ、反撃だ」
ヴァルディレオンはくわえた腕を乱暴に投げ捨てた。その様子を見たマッターンは、出方をうかがうように二機の機械の獣と対峙する。
再び両者が動き出そうとした、そのときだった。
ひうるるるるるるる——。
不穏な音を見上げる、アリス、ブレーメン、マッターン。
上空から来襲する、露骨に当たっちゃいけないデザインをしたミサイルに、皆、右往左往する。しかもミサイルと来たら、途中で分解して、たくさんのマイクロミサイルを放出しました。
「ぎゃーっ!」
アリスの悲鳴をかき消すように、逃げ場のないミサイルは着弾炸裂する。すさまじい音と火柱、煙が辺りを覆った。
「私も到着しましたよ」
場違いに落ち着いた口調で、ドロシーは言う。アリスはモニターでヴァルディレオンにダメージが無いことを確認してから、別のモニターに映るドロシーを睨んだ。
「当たってるんだけど!」
空爆の主、ヴァルディスカイ。その名前を、アリスはさっきのマニュアルインストールで知っていた。黒と灰色に青い差し色の入った、全長15メートルの鷹は、アリスたちの上空を旋回する。そのコックピットでミサイルをばらまいた犯人ドロシーは、特に悪びれた風もなく、にっこりと笑って言った。
「平気だったでしょう?」
「そういうことじゃない!」
このドロシーさんも、見た目は可愛いが、一クセも二クセもありそうだな。
あ、ブレーメンの奴、目を回してる。
当たり所が悪かったのか、ブレーメンはふらふらしている。人が目を回しているのは初めて見た。
煙が晴れていくとそこには、二体のマッターンの残骸があった。ミサイルすげえ威力。ヴァルディレオンすげえ頑丈。
終わったか?と思ったのもつかの間、煙と残骸の向こうから新たなマッターンが二体現れる。
大盤振る舞いだな。アリスは思った。でも行ける、このヴァルディレオンたちヴァルディマシンの性能なら、あんなロボの二体や三体余裕だぞ。
だが、そう簡単にことは運ばなかったのである。
○
そこは、薄暗い空間だった。
薄暗い空間であったが、そこに佇む男の容貌は見て取れた。大変、特徴的だったからだ。
190センチはあろうかと言う大柄な体はたくましく、四肢は太かった。二つボタンの礼服に白いスカーフ。その上に乗っている頭部は、まさに獅子の頭であった。
獅子の頭を持つ男は、マントをひるがえし言う。
「『魔導減滅空間』へ引きずり込め」
その言葉に頷いた小太りな小男もまた、特徴的な外見をしていた。先ず、左手がCの形をしたマニュピレーターである。そして長いひげを湛えた顔は、つぎはぎの鉄板で覆われている。水中眼鏡のような目の下で髭の中の口が、ニヤリと笑った。
「承知。対象確認」
機会に備え付けられたモニター内のマッターンとヴァルディマシンを、つぎはぎの男は選択した。
「魔導減滅空間、発動!」
ぎっこんと、つぎはぎの男は巨大なレバーを倒す。
「フハハハ!」獅子の男は高らかに笑った。「どれだけ高性能なモーターマシンであったとしても、魔力を動力源の一つにしている以上、魔導減滅空間の中ではその能力が3分の1以下に落ちる! 魔力を使用していない我々結社のモーターマシンの独壇場となるのだ!」
「その通りだ!」つぎはぎの男も笑う。
ひとしきり笑ってから獅子の男は、「ところで」と呟いた。
「なぜこんなに暗くしている?」
聞かれたつぎはぎの男はニヤァといやらしい顔をした。
「演出だよ」
「演出?」
「そう、演出」
「——そうか」
○
アリスがモニター越しに見る外の風景が、突然変わった。
空は暗いマーブルカラーに揺らめき、他の風景も全体に色調を落としたような色合いに変わる。
「魔導減滅空間だ」
意識を取り戻したブレーメンが、真面目な顔で言った。アリスはそんなブレーメンの顔を見ながら、今聞いた単語を反芻した。
魔導減滅空間。
さっき脳に無理やり流し込まれたマニュアルに、その単語があったことをアリスは思い出す。
ヴァルディマシンは魔導減滅空間の影響を受ける。その力は3分の1も出ない。
だが——。
「『ヴァルディーガ』なら影響を受けないんだな?」
ブレーメンとドロシーは、こくりと頷く。
アリスは、脳の中にあるマニュアルの内容に心躍った。
三機のヴァルディマシンの能力を一つに合わせれば、この魔導減滅空間を打開できる!
「ブレーメン! ドロシーさん!」
アリスは二人の名を呼んだ。
「合体だ!」
アリスはモニターに表示された人型のシルエットを、手のひらで叩いた。
とたん、光り輝く魔法陣が、三機のヴァルディマシンを囲む。魔法陣が構成する強力な結界の中、三機は変形を開始した。
ヴァルディランナーの馬の部分が後ろ足と胴で馬車の部分と連結した。更に左右に分かれ、馬車部分が展開する。馬車部分を上に起き上がり、その形は、つま先の部分に馬の頭を持った、巨大な下半身となった。
ヴァルディスカイの翼が折り畳まれ、人型の肩アーマーと背中を形成する。大型の脚は分割され、人型の前腕の辺りに位置した。
ヴァルディレオンの頭部が胸の側に倒れ、後ろ足を伸ばし起き上がる。伸ばした後ろ足は下半身を履くようにヴァルディランナーと合体した。上部ではヴァルディスカイが覆いかぶさるように、前足を含む胸部を左右に引き出したヴァルディレオンと合体する。ヴァルディスカイの脚部がヴァルディレオンの前足を差し込むと、五本指の手が出現し、開き、握りしめた。
最後に頭部がせり上がる。その顔は彫刻のように美しく、雄々しかった。
ヴァルディーガ。
その名のモーターマシンを、アリスは外部からの映像で確認した。黒と灰色の24メートルの巨人。多くを面で構成された巨人は、その配色からちょっとミリタリー調でもあった。だが、胸部に配された獅子の顔!それがなんとも言えず巨大ロボ感を出していて良い!
アリスは興奮した。
操縦はほとんどが魔力による脳波コントロール。そして何より、メインパイロットは俺!
さあ! マッターンども、ぼこぼこにしてやる!
意気込んだアリスは、大分前のめりになった。だが、その勢いは、機体からの反応がないことによって、引っかかったようにつんのめる。
「あれ?」
動かない。立ち回りを想像しようとも、操縦桿をガチャガチャしようとも、うんともすんとも。
「え?」
魔力不足。
モニターにでかでかと文字が出る。しかも漢字だ。
「ヴァルディーガ、魔力が足らないわ。このままだと魔法障壁に全振りして防御を固めるしか出来ないわね」
ドロシーが報告する。
「もって5分」
なんか淡々とヤバそうなこと言ってるんですけど。
「何だかやばいね! ピンチだね!」
うるせえブレーメンのモニターを、俺は蹴とばした。
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