36.ブラックヘヴラー。

 天空に浮かぶ恐怖の城、『機械城』——。


 直径にして1キロメートルにも及ぶその城は、空中に浮かんでいた。

 城の上部や底部にプロペラのような物が見受けられるが、これが浮力を生み出しているとは到底考えられない。何らかの別の動力で浮かんでいるのだろう。

 城のあちこちからは白い蒸気が噴き出している。

 たくさんの砲台と、夜空を照らすサーチライト。

 この城こそが、ブラックヘヴラーの根城、機械城であった。





 ずらりと勢ぞろいした、テン・サークルナイツ、十人の騎士たち。その中にはカウボーイ衣装のトレスや、焼け焦げた機械部分がむき出しのピェンチがいた。


「良い色に焼けましたね、ピェンチ。日光浴にしては、日差しが強すぎたのかしら?」


 ピェンチたちよりも上の壇上から、その声は聞こえた。


 声の主はきつい目をしたエルフの美女だった。だが、多くの者はその美しさよりも、立て巻きロールの赤い髪と、真っ赤な、フランス革命以前の貴族女性が着ていそうなたっぷりしたスカートのドレスに目を引かれるであろう。


 女の名はブラッディ・クイーン。ブラックヘヴラーが四天王の一角である。


 ピェンチは脂汗をかいた。それは、彼女に声をかけられたからだ。


「失態を。申し訳ございません」

「あら、わたくしは日焼けのことを言ったのよ?」


 その言葉に余計、ピェンチのまだ生身の部分に汗が湧いた。


「まあ、そんなにいじめるでないよ、クイーン」


 壇上に新たな姿が現れる。


 長い髭、つぎはぎだらけの鉄板の顔、Cの形をしたマニュピレーター。


 小太りなドワーフの男の名は、マッド・ジョーカー。


「ピェンチ。必要ならば、さらなる改造を施してやろうか?」


 ブラッディ・クイーンの攻め言葉よりも、そのほうが嫌だとピェンチは思った。


 どうせ、実験台じみたことをさせられるのだ。


「面倒だ。いっそ、もっとましな奴に交換すれば良い」


 そう言って、ジャック・ノワールは壇上に姿を表した。アメリカ製のオートマチックと同じ形をした、刻印の入った魔銃をピェンチに突きつけている。


 冗談なんかではない。こいつらブラックヘヴラー四天王が、至極真面目に言っていることを、ピェンチは知っている。


「その辺にしておけ」


 三人の四天王の壇上よりも一段上に、その男は姿を現した。


 獅子の頭部を持ち、屈強な体を持つ男、獣人、キング・レオーネ。


 二つボタンの礼服に身をつつんだ彼は、太くたくましい腕でその白いマントを翻した。

 彼の登場に、テン・サークルナイツは深々と頭を下げ、ピェンチはひと先ずの危機を脱したことを感じた。

 何故ならこの、キング・レオーネは四天王の筆頭にして最強、唯一まともな男で、少なくても他の奴らみたいに、彼のことを気分で切り刻んだり実験台にしたり魔銃で風穴を開けたりはしないからである。


 撃鉄に親指をかけて倒しながら、ジャック・ノワールは言う。


「お優しいことだな、キング」


 撃鉄が起きていたことから、ジャック・ノワールが銃を本当に撃とうとしていたことを悟って、ピェンチは寒気がした。そんな彼を見ながら、つまらなそうにマニュピレーターをくるくると回すマッド・ジョーカー。


「ワシは何でも良いから、実験か研究がしたいんだがね」

「じゃあ、あなたのその、エレガントさに欠ける外見をなんとかしたらよろしいんじゃなくて?」


 高笑いしながらブラッディ・クイーンはマッド・ジョーカーに絡む。マッド・ジョーカーは、たっぷりした眉毛と髭の間から覗く瞳でぎょろりとブラッディ・クイーンを睨んだ。


「良い加減にしろ、お前たち」


 キング・レオーネが二人を止める。四天王は序列としては同一なため、キング・レオーネに敬服はしない。だが、その存在と強さは、三人に言うことを聞かせるだけのものを持っていた。


「良いか、我々は崇高な理念を持った運命共同体であるということを、努々忘れるな。魔法国家ヘブンズ・ヒノモトを必ずや転覆し、機械国家を設立するのだ。そしていずれは、このヘブンズ・プラトーを手中に収める」


 キング・レオーネの言葉に、テン・サークルナイツが、そしてその後ろに控えるたくさんのサイボーグ兵士たちが歓声を上げる。

 キング・レオーネ以外の三人の四天王も、その言葉を拍手で称えた。


 だが、ポツリと、ジャック・ノワールは余計なことを言う。


「ふん。まあ、今のところはそういうことにしておいてやる」


 アンセルマ時代、栄太郎から何度も注意されていた。「場の空気は読もうよ」「アンセルマだけの世界じゃないんだよ」そんな言葉を何度となく聞かされていたが、どうやら身になっていないようである。


「あら、不服がある者がいるようですわね?」


 そういうことに、直ぐつっかかるのがこのブラッディ・クイーンという女だ。


「キングの崇高な理念に賛同できないのかしら?」

「そういう訳ではない」

「反抗的な態度ね。愛しのアリスちゃんが手に入らなかったから、ご機嫌斜めなのかしらねえ」


「黙れ!」


 ジャック・ノワールは素早くオートマチックを引き抜くと、ブラッディ・クイーンに向かって三射、躊躇なく引き金を絞った。

 銃声が三度木霊し、宙を舞った空薬莢が床におちてカランと音を立てると、魔力の粒子になって消えていく。


 血を流し、血を吐き、ばたりと倒れるブラッディ・クイーン。


 血の惨劇に、彼女を良く知るものは淡々とその光景を見つめ、彼女を良く知らぬものは、その凶行にただ絶句した。


「ジャック・ノワール」


 その名を呼んだのは、ジャック・ノワールの背後に不意に現れた影のような男だった。


「王宮に動きがありました。アリス・エイタロードがらみです」


 男の発した名に、ジャック・ノワールは歪んだ笑みを浮かべる。そして、その名に反応したのはジャック・ノワールだけではなかった。


 キング・レオーネはその名に、心から笑みを浮かべた。強者の笑みは、見るものに恐怖を感じさせる。


 トレスはその名に、眉間にシワを寄せ、心から苛立った。彼の中にふつふつと、嫉妬という感情が湧き上がる。


「良くやった」


 ジャック・ノワールは影の男に言った。そしてキング・レオーネに向かって言った。


「私は急用が出来た。失礼する!」


 颯爽と、その場を後にするジャック・ノワール。その姿が消えてから、少し間を置いて、ブラッディ・クイーンの声が言った。


「キング、少しジャックに甘いのではありませんか?」


 その声は、彼女の死体とは別の方向から聞こえた。

 事実、死体とは別の位置にある暗がりから、ブラッディ・クイーンは姿を現す。


「ジャックはまだ、私の力が分かっていないようですわね。それとも、分かってからかっているのかしら」


 ブラッディ・クイーンは自身の死体に手を突っ込み、中から何かを取り出す。取り出す腕に引かれて持ち上がった死体は、再び床に降りる前に、赤い霧となって霧散した。

 ブラッディ・クイーンの手には、三つの穴の開いたトランプのカードがあった。





 アリス・エイタロード。


 その名を、キング・レオーネは反芻する。


 早く登ってこい、アリス・エイタロード。この、私の前まで。

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