16.二人でお買い物。

 魔銃奏者。なかなか中二っぽくてカッコいい名前だぞ。


 アリスの中のおっさんは喜んだ。


 これがどの程度収益性のある職業かは分からないが、手に職があるってのはとても良い。


 思わず、将来の見積もりをしてしまうのは、おっさんであったアリスの悲しい習性である。10代20代は無限かと思えた未来。30を過ぎて40に手が届こうかという元おっさんだったころ、それは有限だと悟る。有限と知って必要になるのは、収入の安定と貯えである。ついつい、そこに考えが直結するのだ。


 あとは、魔力灼熱化か。これは、さっき使ったみたいな力か。今はまだ攻撃くらいにしか使えなさそうだけど、ほかにも使い道はありそうだ。


「職と技術があるって、安心するね」


 ポツリとアリスが言うと、ドロシーはその手を取ってまで嬉しそうに同意し、首を縦に振る。


「その考えは大事ね。やっぱり、ある程度以上、人生経験のある人は違うわ」


 少し頬を赤く染めながら、にっこり笑うドロシー。見た目は中高生の可愛い女子である。だがしかし。


 何だか気のせいだろうか。この人からは(おっさんから見ても)お姉さん感がする。まあ、記憶図書館なるものが存在して自分の前世が見れるような世界だ。達観して年齢以上に大人になったりするものなのかもしれない。


「とりあえず、頑張ったご褒美にお買い物でも行きましょうか?」

「良いね」


 俺はドロシーさんの意見に同調した。何しろ、部屋に用意してあったのは、昨日と同じ浅葱色のブラウスとプリーツスカートが三着。今はその上に赤と白のツートンのパーカーを羽織っている。ちょっと長い袖丈が、手の甲まで包んじゃうのが我ながら可愛い。でもこればっかり着るのも何だし、何より女の子になったからには、お洒落したいな。


「服が欲しいな。それと街が見てみたい」

「そうね、お姉さんがとびきり可愛いの、選んであげるわ。街の案内も、任せて」





 で、こうなるとは思わなかった。


「これはどう?」

「いや、隠すところは隠したいな」

「これは?」

「紐じゃないほうが。あと面積をもう少し」

「こんな?」

「いやいきなり動物モノかい!もうちょっと大人っぽく」

「こう?」

「縞は好きだけど、もっとこう——」

「じゃあ、これだ!」

「いやこれ鎧だし!」


 俺はなかなか正面からちゃんと見れない感じで、ドロシーさんが用意してくれた下着を見る。

 最後のヤツ。この世界のビキニメイルは下着屋で売っているのか。まあ、世話になることはないだろうけど。


 アリスはドロシーに連れられて、ランジェリーショップに来ていた。


 自分の物だと思うとなんともないけど、ドロシーさんが持って来ると、何だかドロシーさんが着けているところを想像してしまう。


 元おっさんの部分は、なんだか恥ずかしくて、そわそわして、落ち着かない。


 こういうのって、一人で買いに来るもんじゃないのかなあ。

 俺の戸惑いを見透かして、明らかにドロシーさんは俺をからかって楽しんでるし。


 もー。


「これでどうかな?」

「あ、うん。そういうの」


 レースとか刺繍とかが可愛くて、適度に隠れそうなヤツ。


「アリスはこういうのが好きかあ」


 ドロシーさん、ちょっと悪い顔で笑う。もう意地悪しないでくれ。

 照れるアリスの耳元で、いたずらっぽい顔でドロシーは言った。


「じゃあ、こんなのいくつか見繕ってくるね。——ねえ、今度一緒にお風呂に入って、下着見せっこしようか?」


 ドロシーの提案に、アリスの元おっさん部分は決壊した。続けて、美少女部分も興奮を抑えきれない。

 結果、アリスの鼻から赤い液体が噴き出た。





「大丈夫?」


 街路樹のある歩道を歩きながら、ドロシーが自分より背の高いアリスの顔をのぞき込む。


「うん、もう大丈夫」


 鼻血はもう止まっていた。買い物袋を下げたアリスは街を見渡す。歩道の街路樹はソメイヨシノで、満開の時期を過ぎて、些細な風にも大きくその花を散らす。桜の木は歩道からだけじゃなくて、ビルや建物から生えているものもある。


 綺麗だ。


 そう思うアリスの足元で、どこかの建物で使われている蒸気が、プシューと音を立てて車道側に噴き出した。所々、配管や歩道の網から湯気が立ち上る。


 これが魔法と蒸気の街、ヘブンズ・トーキョー。


 異世界の景色を、興味深く、それでいてどこか見知った落ち着きを感じながら見るアリスに、ドロシーは「ごめんね」と伝えると、アリスと手を繋いだ。

 アリスの中身はまだ、完全には女子とは言い切れない。だからこの行動に対し、アリスの中の元おっさん部分は盛大に錯乱した。


 見た目中高生くらいの可愛い女子がおっさんの手をつないでくる。それは天地を揺るがす大問題だ。

 だがしかし、だがしかしだ、俺は今、外見だけならば素晴らしく可愛い美少女なのだ。

 可愛い女の子同士が仲良く手を繋いで歩いている。

 そうだ、それだ。俺はその状況だと理解しなければならないのだ。


 アリスは自分に言い聞かせる。


 そんなアリスに、背が低めな三人の男が声をかけて来た。


「ねーちゃんねーちゃん、俺たちとお茶しないか?」

「おおう、ずいぶん美人なねーちゃんだな」

 声をかけて来たのはドワーフたちだ。何だか見たことがある三人組だなとアリスが思っていると、ドロシーが間に入った。

「この子は今、私とデートしてるの」

 魔法の杖をちゃかつかせると、ドワーフたちは渋い顔になった。舌打ちしたり、「調子に乗んなよ」とか言ったり、悪態をついて去って行く。


「あ、ありがとう」

「しょうがないわね、アリスは今どき珍しいタイプのエルフだもの」


 街を歩いていて思ったのは、元いた世界だったら、モデルか芸能人なんじゃないかって思うような美人が、結構いる。

 皆、大概耳が長い。エルフだ。

 ドロシーさんに聞いてた通り、巨乳エルフやロリエルフ、もしくはその両方の率高いなあ。

 だからなのか、俺、かなりな美少女にも関わらず、あまりわーきゃーされないもんだ。視線は感じるけど。この街の住民は、美人慣れしてるのか。


「アリスのほうがそのぶん綺麗だけどね」


 ドロシーさんはウインクしながら、今度は腕を組んでくる。

 俺は腕に当たる彼女の豊かな胸の感触に頬を赤らめながら、次の店に向かった。





 カフェで、クリームソーダのまだ混ざりきっていないソーダ部分をストローで吸い込む。強めの炭酸が、ぴりぴりと、心地よく喉を刺激する。


「ふー」と、満足気な息をアリスは漏らした。


 買い物は、大成功だった。下着は恥ずかしかったけど、そのあとの服選びはとても楽しかった。


 おっさんだったころの、苦い経験。


 この服良いな、可愛いななんて思って手にして、良く見たら女性ものだったときのあの何とも言い難い恥ずかしさ!


 それがなーい!

 ストレスフリー!

 何しろ今の俺は美少女だからな!

 女体バンザイ!


 服や靴で女性ものを手に取ってしまったおっさんという絵面がよほど恥ずかしかったのだろう。そしてそれが起きないことがよほど嬉しかったのだろう。アリスは両手にいっぱいの紙袋の買い物に、大変満足そうだった。


 あと、意外と俺、服が好きなことが分かった。


 明日から着る服のことを考えると、胸が躍るのをアリスは感じる。


「たくさん買えて良かったね、アリス」


 アイスティの氷をかき混ぜながら、ドロシーは言う。「うん」と、上機嫌でアリスは返事した。


「俺、この世界に来て良かったよ」

「あら、まだ一日も経っていないでしょう?」

「うん。でも良かった。良いと思えることがもうすでにたくさんあった」

「ロボットにも乗れたし?」


 ドロシーにそう言われて、クリームソーダのアイスクリームを食べていたアリスは、昨日のことを思い出す。

 ロボットの玩具を、愛おしそうに手にしている俺。ロボットに憧れていたことは一目瞭然だったろう。


「うん。ロボットにも乗れたし」


 少し恥ずかしそうに言うアリスに、ドロシーは「ふふっ」と笑った。


「ねえ」


 クリームソーダのアイスとソーダをかき混ぜるアリスの、グラスを持った手に、ドロシーは自分の手を重ねる。


「アリスは好きな人とか、いたの?」


 それは転生前か、それともずっと前のことか。

 ドロシーの言葉は曖昧に取れたが、その言葉に、アリスが思い出したのは、あまり良い思い出とはいえない5年前の出来事だった。


「うん。昔はいたよ」


 悲しそうな。それでいてどこか自虐的な表情は、アリスがこの世界に来て初めて見せるものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る