15.魔銃訓練。

 美味しいご飯を食べて、着替えて、すっかりご機嫌になったアリスは、ドロシーに呼び出された。

 今日はおっさんの変な妄想もすることなく、アリスがドロシーの指定した研究所の屋外に行くと、そこには彼女がいた。


「今日は、マジュウの訓練をしましょう」

「マジュウ?」


 ぎこちない単語で聞き返すと、ドロシーはアリスの腰の、昔のドイツ製オートマチックを指差した。


「魔法の銃で『魔銃』よ。魔力を銃弾に変えて放つことが出来るわ。まあ、魔法使いの杖の銃版と考えれば簡単ね」


「ほうほう」アリスはオートマチックを手にした。「なるほど、そういう用途の物だったのか」


 アリスは昨日、アオーニがこの銃を見て驚いていたのを思い出す。もしかすると、希少なのかもしれない。

 そこでふと、アリスはドロシーの視線に気が付く。


 何だろ、ドロシーさん、ずいぶんとこの銃を良く見てるなあ。やっぱり貴重なのかな!


 ここでアリスはミスを犯した。


 ドロシー嬢が見ていたのは、魔銃ではなく、アリスのことだったのである。いささか、熱っぽい目で。だが、そう言った女性の視線に慣れていないアリスは、それが自分に向けられているのではなく、魔銃に向けられていると勘違いしたのだ。


 アリスがこちらを見ていることに気が付いたドロシーは、すっと視線を外した。


「じゃあ、さっそく始めましょうか」


 アリスが視線のことでミスを犯した理由はもう一つある。それはこの、今アリスが立っている風景だ。


 崖。


 見上げる崖の上のドロシーとの距離は30メートル。

 ドロシーの横に積み上がった、直径1メートル以上はありそうな岩石。


 崖の下のアリス。


 これはもう俺に、必殺技の一つでも編み出せと語っているのじゃないだろうか?


「魔銃の使い方はねー」

 話が遠いな。

「魔銃に意識を向けて、装填をイメージして」


 言われるまま俺は、魔銃を見て、装填をイメージした。すると銃の上側、排莢をする部分に、レールに沿った銃弾が数発現れた。


 おおっ、実銃の装填方法と同じだ。


 多少なりともミリタリーオタクの傾向があるアリスは興奮した。

 ジャキッと、銃弾をアリスは押し込むと、レールは消えた。


「次は対象に向けて撃つだけよ。行くわね」


 そう言ってドロシーは風の魔法で岩石を浮かせた。


 ちょっと待って。早急すぎやしませんかねえ!


 アリスの心の叫びも空しく、落下してくる岩石。


 ああああ! やべえ!!


 アリスは魔銃を構える。

 やれる。

 迫る岩石。

 やれる。


 躊躇することなく、引き金を引くアリス。放たれる銃弾。

 やってやったぜ!!


 すこっ。


 銃弾は綺麗に岩石を貫通した。

 直径1センチほどの穴だけ残して。

 無論、岩石の勢いは全く止まることなく。


「あべげばぼえぐはあっ!」


 アリスの上半身を直撃した。

 岩石はアリスの上半身を地面に叩きつけ、それでも止まることなく、アリスを巻き込みながら地面を転がる。

 ひとしきり転がって岩石から解放されたころには、あちこちが曲がっちゃいけない方向に曲がった、放送できないアリスが出来上がった。


 痛い。死ぬほど痛い。


 てゆーか一回死んだんじゃないだろうか?


 アリスの全身を、常に超極大回復の魔法文字の輪っかが、くるくる回る。


 なんだこのスキル。今んとこ、暴力的な笑いの回収にしか使われてねえぞ。


「生きてるー?」

 ドロシーの問いに、「なんとかー」とアリスは答える。

「撃つときは、爆砕をイメージして撃ってみて」


 おいこら、もっと早く言え。俺じゃなかったら、死体が転がってるぞ。


 文句をアリスは、グッと飲み込んだ。


「次はそうやってみるよ」

「そうしてね。じゃ、次行くよ」


 だから早えって!


 再び迫る岩石。

 俺は集中した。

 やれる。

 やれる。

 弾けろ!!


 引き金を引くと、放たれる銃弾。それは一直線に岩石に突き進み、突き刺さった。そしてほんの一瞬の間を置いて、内側から爆発する岩石。


 出来た!

 すげえ!


 パラパラと爆砕した岩石の破片が降り落ちる中、アリスは己が魔銃を見つめる。こいつは思った以上に凄い代物だぞ。

 それに。


 何だか異世界らしくなってきたじゃないか!


「良く出来ました!じゃ、どんどん行くわよ」

「早えって!」


 声に出た。だが、言葉とは逆に、妙に落ち着いていた。落下してくる岩石は全部で五つ。ドロシーさん、ほんとに容赦ねえ!


 俺は想像した。連続で爆砕する岩石を。そして、放つ銃声。


 岩石に横を向いたまま、片手で引き金を引くアリス。引きっぱなしのトリガーの反応して、踊る様に銃弾を連続で吐き出す魔銃。


 俺にはもう分かっていた。こいつは、厳密に狙わなくても、念じた対象に当たるように銃弾を吐き出す。


 予感は当たった。


 魔銃に捕らわれた岩石は、次々と、その身に銃弾を受け、爆砕していく。


「掴めたぜ、ドロシーさん」


 アリスの言葉にドロシーは、珊瑚色の艶やかな唇で微笑む。


「凄いわアリス。予想以上よ」


 ドロシーの言葉にアリスが笑みを浮かべたときだった。


「君の魔力をもっと見せて!これならどう?」


 そう言ってドロシーが用意した岩石は、優に10メートル以上はあった。

 ピリピリと魔力を表面に纏う巨岩を、アリスは見つめる。


 魔力を、解放しろ。


 俺の中の、俺が言う。


 アリスは自分の中で、魔力が炎となって燃え上がるのを感じた。


『俺の心に火をつけろ』


 熱い魔力を、アリスは魔銃に注ぎ込む。注がれた魔銃の中で魔力の炎はうねり、燃え盛り、そして銃口から、吼えた。


 弾丸は小さなものだった。だが、その身に纏う魔力のオーラは大きく、激しい炎のうねりは可視化した。


 巨大な熱が、巨岩を包む。


 一瞬で、巨岩は蒸発した。


 あまりの威力に、ごくりと、アリスは唾を飲み込んだ。


 これは物凄く危険な物だ。きちんと使い方を練習しないと、とんでもないことになるぞ。


 まだ、熱で赤く光る銃口をアリスは見た。それから、ドロシーのほうに視線を移す。視線を移すとそこは、魔弾の熱に抉り取られて坂になっている元崖があった。


 ——。


「ドロシーさん!?」


 慌ててアリスはドロシーの姿を探す。

「はーい」と可愛らしい声がして、ドロシーはアリスの傍らに降り立つ。魔法の文字を纏って、空から、ふんわりと。


「凄い威力ね、びっくりしちゃった」


 ドロシーはそう言いながら、アリスの胸元の前にある空間をタップする。


「ステータス」


 彼女の言葉で開いた画面には、昨日まで記されていない文字が書いてあった。


「新たな職業とスキルの獲得、おめでとう」


 言われて見たステータス画面にはこう書かれている。


 職業・魔銃奏者。


 スキル・魔力灼熱化。

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