14.恐怖、ブレーメン。

 翌朝、窓の外の小鳥のさえずりとカーテン越しの陽の光でアリスは目覚めた。掛け布団からもぞもぞ出ながらアリスは、ふと、違和感を感じた。


 昨日、お布団掛けずに寝ちゃった気がしたけど、いつの間にか潜ったのかな?


 ま、いいや、と、アリスは大きく伸びをした。


 おっさんの体と違って寝起きが軽い!無限に起きられねーかと思っていた昨日までとは全然違うぞ!


 美少女の体であることを再確認するアリスが体をひねると、そこで、あってはならないものと目があった。


 ブレーメン。


 ベッドの横で正座するその物体は、ブレーメンでしかない。見た目は爽やかな僕一人称好青年だが、ここにいることは異常でしか無い。


「お布団かけないで寝ると、風邪ひくよ?」



「ぎゃあーーっ!!」



 一際大きなアリスの悲鳴は、魔力を伴い、防音扉の向こうまで響き渡った。

 その音を聞きつけて、モグラザカ博士とドロシー、他の研究所員が駆けつけたとき、アリスは震えながら歯を鳴らし、ブレーメンにオートマチックの銃口を向けているところだった。


「いつからいた!」

「アリスちゃんはもう、すっかり寝付いていたよ。だから、風邪ひかないようにお布団かけてあげたんだ」

「気持ち悪い!」

「アリスちゃんはぐっすり寝ていたよ。だから僕、ずっと傍で見守っていたんだ」


 嬉しそうに微笑み、頬を赤らめるブレーメン。


「いやーっ!」


 アリスの目が大きく見開き、泳ぎ、オートマチックを構えた手はガクガク震える。

 限界を感じたドロシーは素早くアリスに駆け寄り抱きしめ、頭を撫でる。同時にモグラザカ博士が、ブレーメンの顔面をぶち殴った。


 涙目で震えながらアリスが聞く。


「こっ、この世界ではこれが普通なのか?」

「いいえ」ドロシーは力強く否定した。「ブレーメンが変態なだけよ。大丈夫。すぐにこの部屋のドアロック機能を強化して、ブレーメン警報機を設置するわ。だから、大丈夫」


 ドロシーに優しく頭を撫でられ、次第に落ち着くアリス。

 一方、馬乗りでモグラザカ博士にぼっこぼこ殴られるブレーメンは、どうやら全くの男性から殴られた場合、興奮しないようであった。




 パジャマの上にドロシーのカーディガンを羽織ったアリスは、研究所内の食堂にいた。心配そうにモグラザカ博士とドロシーが見つめる中、小さくぷるぷる揺れている。


 ショックが大きかったのだろう。


 軽く幼児退行を起こしかけているアリスは、おっさんの姿ではなく美少女なので、かわいそうだが、可愛らしくもあった。


「災難だったね」


 そう言いながら、アリスの前に朝食の乗ったお盆を置くのは、食堂の肝っ玉母さんミムンマ。大柄なトロル族の女性で、食べることと食べさせることが大好きだ。ディフォルメしたカバにちょっと似ている。『おばちゃん』とか『おっかさん』とか呼ばれていた。


「ブレーメンにはあたしもやられたよ!そんときゃ、頭捕まえて吊り上げてやったんだが、あいつと来たら喜ぶばっかりでねえ!」


「困ったもんだ」と続けながら、アリスの背中を撫でてくれる。


「さあ、食べて元気を出しな」


 ミムンマに促されて、アリスはお盆の上を改めて見た。そこに乗った、ほかほかご飯とお味噌汁、海苔と焼き鮭は、アリスの脳を心地良く刺激し、意識を取り戻させた。


「おおっ」


 感嘆の声を発してからアリスは、お味噌汁を手にした。温かい味噌の香りが、アリスを穏やかな気持ちにさせる。


 お椀に沿ってくるりと箸を一回転させると、具が浮かんできた。そこをアリスは一口飲むと、汁と一緒に豆腐と葱が口の中に入ってくる。豆腐は甘く柔らかく、葱は一度焼いて焦げ目をつけてあるから、甘く香ばしい。


「美味いだろ?」


 ミムンマに聞かれてアリスは、「うん!」と答えてもう一口飲んだ。


「ドロシーが早起きして作ったお味噌汁だ」


 そう、ミムンマに言われて、アリスはドロシーを見る。ドロシーは照れたように笑った。


「本当はミムンマのほうが上手なんだけど、でも、異世界から来たアリスに何かしてあげたくて。だから、作ってみたの」


 ぐはっ。


 もじもじしながら言うドロシーに、その仕草と言葉に、おっさんのハートは容易く朝っぱらから撃ち抜かれる。


「腕もあるけど、こういうのは気持ちさ。美味しいものを食べさせたい気持ちが美味しくするのさ」


 ミムンマの良い話も、いまいちドキドキして耳に入らないアリス。そのドキドキを隠すように、アリスは焼き鮭に箸をつけた。


 ん?


 切り身の背の方からほぐしたときに、些細な違和感を感じる。アリスはその疑問を解くべく、口の中に箸でつまんだ鮭を進めた。


 これは!


 アリスの目が見開かれる。


 新潟県村上市の名物、塩引き鮭!


 生の鮭を焼いた物とも違う、塩漬けの鮭を焼いた物とも違う、独特の食感。寒風の中低温発酵した鮭の旨味は極限にまで達するともいわれる。旨味の詰まりまくった引き締まった身をひとたび噛めば、口の中いっぱいに鮭の美味しさが広がる。少し塩辛さはあるが気にはならず、むしろ飲むように飯が進む!


 さきさき、じゅわー。

 ぎゅっぎゅ、じゅわー。


 前歯で、奥歯で噛み締めるたび訪れる旨味のオン・パレード。


 これが、ここでも食えるとは!


 アリスは、以前いた世界の母の実家の味を思い出し、感動した。


 それにしても飯が進む。


 アリスがもりもり食べ進める様を、満足そうにドロシーとミムンマは眺めた。


「ミムンマの取り寄せた鮭、大当たりみたいね」

「鮭の食べ方の王様、とも言われるやつだからね。あ、お替りいるかい?」


 聞かれてアリスは、勢いよくご飯茶碗を差し出した。

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