13.究極合金グレートゴオライガーセット。

 今だモグラザカ博士に対する怒りの抜けきらぬアリスを、ドロシーがなだめる。


「落ち着いて、ね」

「ふーっ、ふーっ」


 筋力5のパンチだが、入り方が良かったらしい。博士はバッタリ倒れて動かない。


 モウ、ソコデネテイロ。


 黒いオーラを発するアリスに、取り繕うようにドロシーは笑顔で言った。


「そうそう! 君に見せたいものがあるの! 一緒に君の部屋に行きましょう?」

「見せたいもの?」


 聞き返す俺の肩に手を置いて、俺より背の低いドロシーさんが少し背伸びしながら、俺の耳元に言う。


「そう。きっと、とっても良いものよ」


 豊かな胸が腕に、吐息が耳に。


 アリスは興奮した。


 何だ、見せたいものって!? 一緒に部屋に行って見せたいものって! まさかドロシーさんて、女性同士が好きな人で、「君に見せたいの」とか言ってその衣服を脱いであられもない姿になったりして!


 見た目は美少女だが、中身はまだおっさんのままである。アホみたいな妄想を、おっさんは瞬時に展開出来るのだ。


 うわーっ、どうしよう? どうしようもあるか、彼女を受け入れてあげれば良いだけではないか。ガハハ。



 もちろん、そんなことは起きない。


          ◯


「これ、君が大切にしていたものなんでしょう?」


 ドロシーに言われてアリスは、我が目を疑った。


 アリスの部屋だと案内された所は、それなりの広さの有るワンルームで、見るからに快適そうだった。そのワンルームの壁際に設置された金属製の大きなラックに、所狭しと並べられた箱たち。


 その箱たちを見るアリスの目が、疑いから確信に変わると、すうっと涙が溢れて頬を伝った。


「これは、俺の宝物だ」

「よっぽど大事にしていたのね。あなたと一緒に転生して来たわ。しかもこっちはあなたと違って、本来設定するべき座標に、ちゃんとね」


 ああ、こいつらだけが心残りだった。


 アリスが見つめるのは、アリスが大事に、集めて保管していた巨大ロボットの玩具たち。誰に何と言われようと、アリスにとっては本当に大切な物たち。

 その中でも大きな、取っ手付きの箱を、アリスは愛おしそうに両手で持った。

 以前より筋力が落ちたせいか、より重く感じる。


『究極合金グレートゴオライガーセット』と書かれた巨大な箱を、アリスは優しくとても慎重に抱きしめた。


「何だか恥ずかしい」

「そう? 趣味のある、自分の大切なものがあるって素敵だわ」

「ありがとう」


 微笑むアリスはもうすっかり、先ほどのいやらしい妄想を忘れていた。


「今日はもう寝なさい」

「うん」


 蒸気を思わせるプシューという音を立てて、ドロシーが去ったアリスの部屋の自動ドアが閉まった。


 強くてニューゲーム。


 そんな単語がアリスの脳裏をよぎった。

 40年弱の経験と人生レベルはそのままに、しかもアイテム引き継ぎタイプのやつだ。


 最高。


 最早、以前の世界にほとんど未練のなくなったアリスは、ニヤリと笑みを浮かべた。


          ○


 ぱしゅーむ。


 蒸気を思わせる音がして、バスルームの自動ドアが閉まる。そこから出て来た、パジャマに着替えて頭にバスタオルを乗せたアリスは、納得いかないような、不機嫌そうな顔で長い金髪をわしわし拭いた。


 これは想定外だ。


 バスルームでの出来事をアリスは思い出す。

 確かに毎回、風呂の度にそうなっていては身が持たないのは確かだが。


 それにしたって。

 それにしたって。


 こんな美少女の裸体に、何の反応もしないとは何事か!?

 まったく、いやらしい気持ちが湧かなかった。これっぽっちも。ただただ、あ、自分の体だなーって感覚しか無かった。40前のおっさんが風呂に入るときと同じ気持ち!


 裸は、他人の裸だから興奮するんだわ。


 そう思いながらアリスは、見るからドライヤーと思われるものを手にする。


「これで銃だったら爆笑だ」


 乾いた独り言とは対照的に、またもや蒸気機関を思わせる機動音を発したドライヤーからは、適度に湿気を伴った風がアリスを撫でる。


 これも魔力と蒸気で動いてるのかな。何でもかんでも魔力と蒸気っぽそう。湿気多かったりするのかな、この世界。明日ドロシーさんに除湿器か除湿剤の相談しよう。俺のコレクションの大敵だからな。


 魔力の効果もあるのか、あっという間に乾いた髪をアリスは撫でる。


 さらさらつやつや。CMのモデルみたい。


 にっこり笑うアリスは、美少女がおっさんを徐々に侵食していることに気が付きもせず、ふかふかのベッドに寝転んだ。


 知らない天井を見上げる。


 今日はたくさんのことがあった。日中はあのヤベエ会社で働いていたなんて嘘のようだ。今じゃ女の子になって、ベッドに寝転んでいる。


 アリスは今日のことを思い出す。


 いろんなことが起きた。いろんなことを知った。とりあえず今は、飲み込んでおくことにしよう。

 でも、一つだけ気になったことがあった。

 三人の話していた内容からすると、転生者は俺だけじゃない。少なくとも、前例がいる。

 そんなことをアリスは考えたが、睡魔が思考を遮っていく。


 アリスは、静かに寝息を立てた。



 アリスが気になった転生の前例は、確かに存在した。そしてその存在は、アリスの今後に深く関ってくるのである。

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