12.魔力0のアイデンティティー。

 天国という単語に、アリスはほんのり眩暈を感じた。さっき見た、自分の亡骸なきがらの映像が、頭をよぎる。

 自分が一度死んだという実感が、上手く消化出来ない。

 そんなアリスの内心を計ったように、モグラザカ博士は言った。


「天国と言うと身構えるかもしれん。君たちの世界で言う異世界と言ったほうが心穏やかに聞けるかもしれんな」


 異世界と天国じゃかなり言葉の印象が違う。同意するように、アリスは頷いた。


 モグラザカ博士は続ける。


「地球という星には、複数の異世界があるのだ。地球で命を全うしたものの魂は、いずれかの異世界へ運ばれる。そこで再び死を迎えた魂は、他の異世界に行ったり、もう一度、地球に帰って行ったりする。そうやって、魂は巡っているのだ」


 突然明かされた、魂の真実。この状況じゃなかったら、怪しい新興宗教の勧誘か何かだと疑ってかかったことだろう。


 いや、このチビデブヒゲのおっさんが本当のことを言っている保証もないのだが。


 とりあえず、俺は信じて話を聞くことにした。


「このヘブンズ・プラトーを選択した場合、一度魂は前世の記憶を知らない状態になる。そして18歳の成人を迎えたとき、自身の前世の記録を任意で閲覧出来るようになる」


「閲覧!?」


 驚いた。この世界では、前世の記憶を知ることが出来るのか。


「そうだ。記憶図書館という施設で自由に閲覧することが出来る」

「しかも図書館!?」

「うむ。本人のもの以外は閲覧出来んが」


 なんかいろいろ便利な世界だ。俺も有栖栄太郎以外の前世を見れるのかな。


 あ、そうか。


「だからこの世界は、俺が元いた世界と、いろいろ共通していることがあるのか」

「そういうことだ。言語に関しては、地球と同じほうが何かと便利なのだろう。ただ、全員が言語適正のスキルで自動通訳されているから、何語で喋り合ってるか分からんが」


 なんてことだ。俺特有のスキルじゃなかった!


 えっ、てことは——。


 アリスはステータスを開いた。そして見た。


「つまり俺は、『常に超極大回復』っていう超すごいスキルと、『魔法はエンチャント系のみ』っていうハンデみたいなスキルしか特に持っていないってことか!」


「どれどれ――」とドロシーが、耳の前の髪をかき上げながら覗いてくる。


「そうね。それ以外にスキルは無いわ。大丈夫、これから学べば新しいスキルは使えるようになるから」


 そうドロシーから言われ、アリスは安心する。そして同時に、同性から見られてもちょっと恥ずかしいBWHの数値のことを思い出す。見ればモグラザカ博士はいやらしい顔で覗き込もうとしているし、ブレーメンは俺からの見るなパンチ・オア・キックを目的に覗き込もうとしてくる。


 屈するものか、けだものどもめ。


 アリスが表示を手で隠そうとしたときだった。

 ドロシーがその手を優しく触れ、横にずらすと、ステータス画面を素早く操作した。

 するとBWHの表示が消え、本人のみ表示可能の文字が出た。


 ドロシーは優しく微笑んだ。距離が近い。


「これで後は、ステータス画面を開いたとき、必要なら念じたときだけ表示されるわ。人に見られて、楽しいものじゃないものね」


 どきっ。


 微笑みが甘い。距離が近い。豊かな胸のふくらみに、目がいかないようにするのが難しい。見た目は中学、高校生の可愛い女子に、ちょっとお姉さん口調で優しくされる。しかも至近距離で。


 中身の40近いおじさんは、簡単にときめいた。


 こんなこと、おっさんのときは絶対に無かったことだぞ。バンザイ、美少女の外見。


「あら、種族がハイエルフなのね」

「はいえるふ?」


 アリスは小鳥の声で聴き返した。ドロシーは再び優しく微笑む。


 良いなあ。


「古の、純粋なエルフ族ね。その外観は美しく、寿命は無限ともいわれ、超大な魔力を有する非常に希少な種族よ。今は流行りの巨乳エルフやロリエルフに押されて、すっかりいなくなってしまったけど」


「巨乳エルフやロリエルフ——」


「ニーズって怖いわね。種族の一つくらい、簡単に駆逐してしまう。ちなみに私は、外観が人間でいう15歳くらいで成長が止まる『コポムナー族』よ。足の裏に毛は生えていないわ。よろしくね」


「こちらこそ」


 よろしくしますとも! こんな可愛い微笑みを浮かべる女性に、よろしくしない理由なんてありませんよ!

 コポムナーの名称に、神の意志を感じるが、そんな権利問題云々は神に任せておけば良い。そんなことよりドロシーさんが可愛い。


「いい機会だから、君の能力値も確認しておいたら?」


 君。ドロシーさんの外観でそう呼ばれると、どうもむずむずする。良い意味で。心がくすぐったい。むずむずする。


「プラトーの住民の平均値は12よ。種族特性抜きの基本最高値は24。最高値って言っても、超えにくい平均であって、超えられないわけじゃないわ。君の場合、筋力は5。低いほうね」

「通りで何だか、力が入りにくい訳だ」

「体力は10。まあ平均ね」

「うん、転生前に比べたら、ずっと動きやすい気がする」


 アリスよ、それはたぶん、体力どうこうの前に、疲労という病のせいだ。


「素早さは19! 高い方ね」

「身軽な気がするのはそのせいもあるのか」

「魔力は——」


 そこでドロシーは口籠る。アリスは一度ドロシーを見てから、自分のステータスに目を移した。


 えっ?


「魔力0!?」


 アリスは自分の目を疑った。


 魔力0って!? だって、魔法使えたよ!? ヴァルディーガ動かせたよ!? ええっ!? ちょっと待って! 話の流れ的に、魔力低いといらない子っぽいんですけど! これって俺のアイデンティティーじゃないの!?


 冷や汗がにじにじ湧いてくるアリス。対して、押し黙っていたドロシーは、アリスが不安になる薄暗い表情から一転、口元に笑みを浮かべた。


 悪そうな笑みを。


 笑みの意味を図りかね、戸惑うアリスにドロシーは口を開く。


「素晴らしいわアリス。魔力は測定不能よ」


 その単語を聞いたモグラザカ博士は、「イエス!」とガッツポーズを取る。


 アリスは再びステータスを見た。


 00。


 ゼロが二っつ並んでいる。


 ああ、あれか、二ケタ超えると表示がそうなっちゃうあれか。


 モグラザカ博士とドロシーは視線で会話する。

 成功だね、ドロシーさん。

 やったわね、博士。

 ふはは、ほほほ、と悪っそうに笑う二人。黒いオーラを纏っているが、特に伏線とかではない。二人の性格である。


「実験は大成功だよアリス君!」


 博士が握手を求めて来た。何故だろう、おっさんだったときよりも、今のほうが、その汗ばんだ手を握りたくない。

 躊躇しているアリスにモグラザカ博士は気が付くと、満面の笑みで両腕を広げた。


「そうか! ハグのほうだね!」


 もっといやだわい。


 ううっ、おっさんのぷにぷにした腹が柔らかく体に当たるところを想像したら、何だか吐き気が。


「どうした!? 顔色が悪いねアリス君!」


 お前のせいだ。


 そんなアリスの気持ちなどお構いなしに、モグラザカ博士はぐいぐいと話し続ける。


「良かったよ! 大正解だった! ちまちまプラトーの住民の中から魔力がずば抜けて高いヤツ探すより、転生装置使って転生させて、能力値チートなヤツ作るほうが絶対楽だったもん! ワシ偉し! ワシ天才!」


 両手を上げてきゃっきゃと小躍りするモグラザカ博士を見れば見る程、アリスは無性に腹が立った。


「ワシ独壇場! ワシ大勝利!」


 気が付けばアリスの右拳は、吸い込まれるようにモグラザカ博士の顔面にめり込んでいた。

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