第4話「有栖栄太郎の夜」
33.前世電話ボックス。
響く雷鳴が連れて来た土砂降りの雨は、深夜を迎えても降り止まなかった。
王立前世管理局に呼び出されたアリスは、一人、古いモダンな大正時代を思わせる建物に来ていた。
なかなか素敵な建物だ。
アリスはきょろきょろと周りを見渡す。
公的機関て、いまいちピンと来ないんだよな。何がどこにあるのか良く分からない。
とりあえず、案内板に書いてある地図を見るアリス。
そこに、彼女はやって来た。
「何かをお探しですか?」
あまりにも綺麗過ぎる。
それが第一印象だった。
青みがかった不思議な色の長い金髪。吸い込まれそうな青い瞳。長いまつ毛。
じっと俺を見る彼女に、言葉を失った。
「どうかされましたか?」
「あ、すみません。何だか、前世のことでお知らせがあるって通知が来ていて」
「ああ、それなら」
指差した先よりも、思わず本人を見てしまう。
「あちらの前世電話ボックスのほうですわ」
その言葉に、慌てて、指先のほうを見た。
「ありがとう」
そういう俺にくすっと笑って、彼女は「どういたしまして」と告げるとその場を去った。少女のような大人のようなその人の背姿を、俺はぼんやり見つめた。耳が長いから、エルフだってことは分かった。
何だか、ふんわりした気持ちで、アリスは前世電話ボックスのほうを向いたとき、声が聞こえた気がした。
「ようやく、逢えましたね」
それが彼女との最初の出逢いだった。
○
前世電話ボックス。ここか――。
そこは、不思議な空間だった。
立ち並ぶ、たくさんの電話ボックス。その一つ一つが、大正とか昭和初期を思わせるモダンな造りで、アリスは昔の世界に迷い込んだみたいな気持ちになった。
もう一つ、驚いたことがあった。それは、たくさんの人やエルフやドワーフたちがいることだった。
その他にも、ゴブリンやオーガ、トロル、たぶんコポムナーも。
皆、前世電話ボックスに用があるようだった。
かなりの割合で、赤ちゃんがいる。
もう夜中の一時を回っているのに、ここだけ別世界だ。
どうして良いか分からずにアリスが立っていると、明らかに案内役と思われる腕章を付けた女性がやって来た。
「こんばんは。初めてですか?」
女性は小柄で、人に近い外見をしているが、肌が緑色をしている。尖った目や耳が特徴的で、アリスはその女性がゴブリン族だと分かった。
「はい。通知を貰ったんです」
アリスは左の手首に着けた、細い魚肉ソーセージを輪っかにしたみたいな端末を押すと、その上に画面が現れた。先日のワイバーン退治から帰ったアリスが手に入れた、この世界のスマホ的な端末である。無いと不便だからと、ドロシーが用意したものだ。いわゆるスマホ型とタブレットPC型、そしてこのブレスレット型があったが、アリスはブレスレット型を選択した。
ブレスレットの上に現れた画面を指でつまんで引っ張ると、画面が拡大した。
そこに書いてある通知の文章を、ゴブリンの女性は一瞥すると、直ぐに内容を把握したのか、「こちらです」とアリスを早速空きの前世電話ボックスへと案内した。
案内されながらアリスは、他の前世電話ボックスを見た。そこでは母親に、古いデザインの電話の受話器を耳元にあてがわれている赤ちゃんがいて、アリスはちょっと驚いた。
赤ちゃんが電話してる。
見れば、同じように電話をしている赤ちゃんがあちこちにいる。
「こちらを使ってください」
案内された電話ボックスに入ると、ゴブリンの女性も一緒に入って来た。細いアリスと小柄なゴブリンの二人とは言え、電話ボックスの中に二人は狭い。
「あの——」
このままゴブリンの女性もここに居るのか聞こうとしたところで、ゴブリンの女性は自分の口に立てた人差し指を当てて片目を閉じた。
「モグラザカ博士の所からいらした、転生者様ですね?」
その単語にアリスは驚いたが、こくりと頷く。
「存じております。本来、今回の通知は赤ちゃんとかにしか行かない通知なんですよ」
「えっ?」
にこりと、ゴブリンの女性は微笑む。
「前世で、亡くなってこちらに生まれ変わった方の、主に両親などに行く通知ですから」
「そうなんですか」
何だか分からないと言った顔のアリスに、ゴブリンの女性はくすっと笑う。
40近いおじさんの転生だって聞いてたけど、ずいぶん美少女になったのね。加齢臭どころか、何だか良い匂いがする。
「この度はご愁傷さまです。そして転生、おめでとうございます! あ、いつもはこの転生の部分、生まれ変わりって言うんですよ?」
「なるほど」
返答に困りつつも、関心を持った表情で返事するアリスに、好感度が高まるゴブリンの女性。
「今回、通知いたしました理由は、アリス様に前世との連絡が取れるというお知らせです」
「前世と——」
アリスはその単語を口にして、直ぐに驚いた声を上げた。
「前世と連絡が取れるですって!?」
アリスの反応を、ゴブリンの女性は満足そうに見た。
「はい。ただし連絡が取れるといっても、条件がございます」
「はい」
関心たっぷりの表情でアリスは聞く。
「連絡が取れる条件の一つは、相手が眠っていること。相手がノンレム睡眠状態の場合、対話は出来ません。アリス様の思いを伝えることだけが可能です。相手がレム睡眠状態の場合、対話も可能です。ただし、どちらの場合も目が覚めると夢として認識されます。すぐに忘れてしまったり、記憶に残らない場合もあります」
「うんうん」と、真剣に聞くアリス。ゴブリン女性はそんなアリスを可愛いと思った。
「亡くなった後49日間とお盆、お彼岸、命日に各一回づつのみご利用いただけます。18歳未満の方は、前世の世界に行ったことについて、その記憶は一時的に失われますが、のちに記憶図書館で閲覧可能です。アリス様はもろもろ18歳超えてる扱いなので、記憶は失われません」
「分かりました」
「受話器を耳に当てると、魂が前世へと一時的に帰ります。戻ってくるのはいつでも可能ですが、前世世界の日の出とともに強制送還されます」
「はい。気を付けます」
「ほかに質問はありますか?」
「大丈夫です。やってみます」
質問が無いことに、もう少し一緒にいたかったなとゴブリンの女性は残念そうに思った。
「では、よろしくお願いします。先ずはモニターに、アリス様の葬儀のダイジェストが流れます。受話器を取ることでスキップ出来ますので、ご自由にどうぞ。それでは、良い旅を!」
参った。
葬儀の内容に、アリスは泣いた。
ありったけの涙を流したかと思えるほど泣いた。
涙をこらえる父に、こらえきれぬ母と姉に、アリスの涙は止まらなかった。
叔父さん叔母さんはもちろん、名前も知らない親戚まで、俺の死を悲しがっていた。
友人、親交があった会社の同僚。その姿がありがたかった。
また、時折流れる、葬儀に来れなかった人たちの、栄太郎をしのぶ思いの映像。
自分では分からなかった。
これほどの人に悲しんでもらえるなんて。
俺の葬儀なんて、閑古鳥が鳴いてるかと思ったよ。
アリスは見た。最後までスキップすることなく全てを。
そして泣いた。
ダメージと勘違いして、回復のスキルが発動しちゃうほど泣いた。
『終』の文字、自動で閉じるモニター。
それを確認してアリスは、そっと受話器を取った。
これから起きるだろうことに、胸がドキドキする。
耳の奥から響く心臓の鼓動を感じながらアリスは受話器を耳に当てた。
○
東京上空。
浮遊する、スーツの男。強い風に、たなびくスーツと前髪。この数日間よりも、長い手足が懐かしく感じる。
魂になっても、風は感じるんだな。
そこに浮かんでいるのは、前世の世界でのアリスの魂の形、有栖栄太郎の姿だった。
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