32.怒りを、灼熱を操れ。
「魔導減滅空間発動!」
ピェンチが叫ぶと、空間が魔導減滅効果に包まれる。空は暗いマーブルカラーに染まり、世界の色は暗く沈みこむ。
「ブレーメン!ドロシーさん!」
アリスは二人の名を呼んだ。
「合体だ!」
アリスはモニターに表示された人型のシルエットを、手のひらで叩いた。
とたん、光り輝く魔法陣が、三機のヴァルディマシンを囲む。魔法陣が構成する強力な結界の中、三機は変形を開始した。
ヴァルディランナーの馬の部分が後ろ足と胴で馬車の部分と連結した。更に左右に分かれ、馬車部分が展開する。馬車部分を上に起き上がり、その形は、つま先の部分に馬の頭を持った、巨大な下半身となった。
ヴァルディスカイの翼が折り畳まれ、人型の肩アーマーと背中を形成する。大型の脚は分割され、人型の前腕の辺りに位置した。
ヴァルディレオンの頭部が胸の側に倒れ、後ろ足を伸ばし起き上がる。伸ばした後ろ足は下半身を履くようにヴァルディランナーと合体した。上部ではヴァルディスカイが覆いかぶさるように、前足を含む胸部を左右に引き出したヴァルディレオンと合体する。ヴァルディスカイの脚部がヴァルディレオンの前足を差し込むと、五本指の手が出現し、開き、握りしめた。
最後に頭部がせり上がる。その顔は彫刻のように美しく、雄々しかった。
ヴァルディーガ。
その名のモーターマシン。黒と灰色の24メートルの巨人。
「エンチャント・ウェポン!ヴァルディーガ!」
アリスの声に、ヴァルディーガの中を魔力が駆け巡る。各部の水蒸気機関は唸りを上げ、まるで生き物のように、力強く蒸気をダクトから噴き出す。魔力を伴った蒸気を纏うヴァルディーガの、心臓である巨大モーターが咆吼した。
オオオオオオ!!
「魔力量オールオーケー!対魔導減滅空間機関発動!」
「なんて雄々しいモーターマシン——」
魔導減滅空間の中、グッガ・ダンパからヴァルディーガを見上げるメイアイラは呟く。
「すげえな!」
「こりゃすげえモーターマシンだ」
魔導減滅空間の外で、ニッチとサッチはヴァルディーガに頼もしさを感じながら見上げた。
「ブラックヘヴラー!」
アリスの綺麗な声が拡声器から響く。その声は、怒気をはらんでも尚、美しい。
「お前の悪事もここまでだ!」
「ぬかせ! すっかり勝てるつもりでいるようだが、どうかな?」
「勝つさ!」
アリスの声が叫ぶヴァルディーガへと、ゴム毬付きモーターマシンから、二個のゴム毬が射出される。
「我がモーターマシン、ナイツフロッグの攻撃を味わえ。くらえ、ザ・ボール!」
二個のボールは蒸気の煙を吐き、ジェットの炎を噴射して、ジグザグにヴァルディーガへと迫る。
何があるか分からないな。こういうのは避けるに限る!
アリスはヴァルディーガを、ボールが当たるすれすれで飛び上がらせ、躱す。しかし、ボールは垂直に曲がると、上昇してヴァルディーガを追ってきた。
当たる。
その瞬間にアリスは、ヴァルディーガに空中回し蹴りを繰り出させて、迎撃する。ボールはヴァルディーガの脚に攻撃を阻まれ、ナイツフロッグへと戻っていく。ヴァルディーガは空中から、地面に降り立った。
何だ!? この違和感——。
コックピットの中、アリスは感じた。
今、ほぼ全くあのボールと接触した感触がなかった!
「ドロシーさん!」
「分かってるわアリス。今の奇妙な現象ね。どうやらあのボールは、ヴァルディーガの蹴りの衝撃を99.98%吸収したようね」
「なんだって!?」
「ふははは!」とピェンチが笑う。「この、ザ・ボールはありとあらゆる物理攻撃をほぼ無力化することが出来る。しかも、それだけじゃない」
続けて三個のボールが、ヴァルディーガに向かって直線で飛翔する。
咄嗟に腕を使って二個のボールをいなすヴァルディーガ。やはり、接触した感触はない。そして、最後の一個をガードしたときだった。
ガガッ!
硬質な物同士がぶつかる音がして、軽くのけ反るヴァルディーガ。コックピットを激しく揺らす振動に、アリスは驚いた。
「——!?」
声にならないアリスの疑問に、すぐにドロシーが答える。
「あのボール、今度は硬質化したみたいね。ゴム製の鈍器特有の衝撃があるわ。あまり食らい過ぎると、ヴァルディーガはともかく私たちが持たないわね」
厄介な攻撃だ。
こちらの状況を知ってか、あの蛙野郎、余裕でボールをジャグリングしてやがる。
複数のボールを空中で動かすナイツフロッグに、苛立ちを感じるアリス。そのボールを見ながら、思った。
そうだ、ゴム! ゴムなら斬れるか!
「出でよ!
ヴァルディーガの前にある空間に、魔法文字が現れ、絡み合い、日本刀の鍔と柄の形を作り上げた。
ヴァルディーガがその柄を掴み、大きく引き抜くと、空間からぬらりと美しい日本刀の刃が現れる。ヴァルディーガはそれを、正眼に構えた。
その刃を見たピェンチの口元に、いやらしい笑みがこぼれた。
「行くぞ!」
アリスの声と共に、高速で踏み込むヴァルディーガ。その鋭い斬撃は、最早ナイツフロッグに防ぐ手段はないかに思われた。
だが——。
音もなく、ヴァルディーガの刀はボールに受け止められる。
「斬れない、だと?」
苦々しく呟くアリスに、ピェンチは笑う。
「言ったはずだ。ザ・ボールはあらゆる物理攻撃をほぼ無力化すると! その効果は、斬撃とて例外ではない!」
獅子吼を押し込むヴァルディーガ。ボールで受け止めるナイツフロッグ。その均衡は、不意に破られた。
「おらあ!」
グッガ・ダンパのコックピットハッチから、対モーターマシン用ランチャーを発射するメイアイラ。煙を吐きながら、魔法によらない実弾は直進し、不意を突かれたナイツフロッグの腹部を直撃した。
「ざまあみろ!」
喜ぶメイアイラだったが、しかし、その行動はピェンチの怒りを誘ってしまう。
「やりやがったな!」
ピェンチが叫ぶと、一斉にボールがグッガ・ダンパへと向かう。危険を感じたアリスが、ヴァルディーガをグッガ・ダンパの元へと向かわせる。
硬質なものを殴る音が何度も響いた。
ほぼ、すべてのボールは、身を盾にしたヴァルディーガに直撃した。だが、たった一個のボールが、グッガ・ダンパを叩いた。
コックピットハッチから投げ出されたメイアイラは、地面に落ちて動かない。
ニッチとサッチが駆け寄るが、魔導減滅空間に阻まれて、メイアイラに触れることが出来ない。
「ふははは! 手も足も出ないか!」
ザ・ボールに殴られるだけになっているヴァルディーガを、ピェンチは笑う。
ヴァルディーガは動かない。
——否。
俺の心に火をつけろ。
アリスは、怒りを、灼熱に燃える魔力をコントロールした。
おそらく今の攻撃で、メイアは怪我をした。もっとも、メイアを早く助ける方法は何だ?
40近いおっさんの経験が、アリスを静かに怒らせ、静かに考えさせた。
とにかく先ず、魔導減滅空間を断つことだな。
怒れるアリスの瞳が赤く光る。呼応するヴァルディーガの双眸もまた、光を宿した。睨みつけるヴァルディーガの瞳に、ピェンチは恐怖した。
「こ、このまま粉砕されてしまえ!」
「物理攻撃は効かんと言ったな?」
アリスの声に、さらにピェンチは怯えた。
「そ、そうですけど」
「なら、魔法はどうだ?」
「えっ?」
火炎を纏った日本刀が、ボールを薙ぐ。魔力によって魔法の灼熱を纏った日本刀は、いともたやすくボールを斬った。
「げえええ!」
ピェンチは悲鳴を上げると、慌ててボールをナイツフロッグへと下がらせる。
炎纏う日本刀を、横一文字に構えるヴァルディーガ。
「
まるで桜の花のような炎の花で構成された巨大な獅子が、真横に薙いだ日本刀から解き放たれる。灼熱の獅子は花びらを舞わせながら、高速に駆け、ボールとナイツフロッグを食らった。
爆発するナイツフロッグ。砕け散る魔導減滅空間。メイアイラに駆け寄るニッチとサッチ。
弱々しい動きながらも、親指を立てて見せるメイアイラに、アリスはほっと胸を撫で下ろした。
○
「何だお前、花束なんか持って」
「だって、良い女には花束でしょ?」
それぞれに花束を持ったアリスとブレーメンが、病院内の通路を歩く。
「俺は、メイアに用があるんだ」
「僕もそうだよ」
今日のアリスは、黒のパンツスーツに身を包んでいる。隣を歩くブレーメンは、いつものストライプのスーツだ。
二人の歩く速度が、競うように早くなる。
「何でお前がメイアのお見舞いに来るんだよ」
「すべからく、美しい女性には構わなくっちゃ」
スーツを着た見た目は美少女と黙ってれば美青年に、病院内は老若男女問わずにざわつく。
二人の歩く速度が、さらに増す。
メイアイラの病室の前では、ニッチとサッチが立っていた。
「よう、お前ら」
「今、入らんほうが良いぞ」
最早、競歩の速度でアリスとブレーメンは歩く。サッチの言葉を気にも留めず、開いた病室の中の光景に、アリスとブレーメンは絶句した。
ぎゅうぎゅうに、恋人同士な感じで抱き合うメイアイラと相手の男。熱烈すぎるキスを交わしていた。
「「……」」
二人は無言で、病室の扉を閉じる。
「メイアはずいぶん回復したぞ」
「ロドリゲスの奴も、意識を取り戻したんだ」
状況を手短に、的確に説明するニッチとサッチ。
「ロドリゲスの奴、もう意識を取り戻さないかと思っていた。だから、メイアイラに次の恋を与えるつもりで、アリスによろしくなんて言ってみたが——」
「恐るべしロドリゲス。流石、生身でモーターマシンに挑む男は根性が違うな」
何だか無性に、やり場のない気持ちに押し込まれるアリスは、突然思いきりブレーメンのケツを蹴りつけた。
「痛い! 嬉しい! 何で!?」
「うるせえ。今から飲みに行くぞ」
困惑しながらも、大喜びのブレーメン。「俺たちも行くぞ」と、乗り気のニッチとサッチ。
アリスはブレーメンの花束をひったくると、自分の花束と一緒に、手近な看護師に預けた。
「お姉さん、お願い。後から、あそこの病室に、この花束を届けて」
「あ、はい、良いですよ」
「お願いします。あ、でもしばらく経ってから言ったほうが良いよ。じゃないとお姉さん、びっくりしちゃう」
アリスはそう言うと、にっこり笑ってウインクした。
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