31.ドロシーさんの登場シーンは危険です。

「おお。見事なワイバーンだ」


 ガマガエルみたいな男が、ワイバーンを見ながら称賛する。アリスたちはその男に、警戒を強めた。そして、アリスたちが警戒する理由は、直ぐに分かった。

 地面を揺らして現れた三機のモーターマシン。そのうちの二機が、サーチライトでガマガエルみたいな男とワイバーンを照らす。


 見覚えのある二機のモーターマシンは、マッターンだった。


「ブラックヘヴラー」


 鋭い視線で、アリスはガマガエルの男を睨みつける。


「おやおや。随分と怖い顔だお嬢さん。せっかくのビキニメイルが台無しだ」


 ビキニメイルに反応もせず、アリスは睨み続ける。


「悪党が、何の用だ」


 ガマガエルの男はいやらしく、ニヤリと笑った。


「私の名はピェンチ。ブラックヘヴラーがテン・サークルナイツ、第五の男です。ものは相談です皆さん」


 ピェンチは電子タバコみたいなものを深く吸い、冗談みたいにたっぷりの煙を口と鼻から吐き出した。


「皆さんが狩ったワイバーン、これ、頂けませんか? もし、何も言わずに置いて行って頂けるのでしたら、あなた方に危害は加えません」


 もう一度、煙を吐き出す。


「冗談じゃないよ」


 グッガ・ダンパからメイアイラが言った。その顔には、強い憎悪の念が篭っている。


「忘れたとは言わせないよ。あんたはロドリゲスの敵だ。ワイバーンは渡さない。あんたのことも、やっつける」


 メイアイラは言うが早いか、グッガ・ダンパのコックピットに滑り込む。

 グッガ・ダンパの双眸が光り、メイアイラはグッガ・ダンパの拳をピェンチめがけて振るった。


 ガキィ!


 その拳をマッターンが遮る。


「やりやがった!」


 ピェンチはそれまでの口調から一転、乱雑な声を上げると、その場から逃げ出す。


「交渉は決裂だ! やっちまえ!」


 丸い体を揺すりながら、マッターンとは違うデザインの、体中にゴム毬を付けた銀色の蛙みたいなデザインのモーターマシンに急いで向かう。その様を見てアリスは、ようやく起き上がったブレーメンのほうを見ると言った。


「俺たちもやるぞ!」

「うん!」


 アリスは右手を空に掲げる。ブレーメンも同じく手を上げた。


「モーターマシン、ヴァルディレオン!」

「モーターマシン、ヴァルディランナー!」


 獅子の咆哮が夜空に響き渡る。

 空間に現れた、巨大な炎の魔法陣。その中からのそりと、体長15メートルの機械のライオンは姿を現す。

 地面に描かれた、巨大な水の魔法陣。その中から水しぶきを上げ、全長20メートルの機械の馬と馬車は姿を現す。


「すげえ! モーターマシンだ!」

「中々の隠しダネだなアリス!」


 ニッチとサッチが驚きの声を上げる。


 ゴム毬モーターマシンに走りながら、ピェンチはヴァルディマシンに驚愕する。


「げえ! あれは報告にあった新手のモーターマシン!」


 三者三様の驚きであったが、一番の驚きは次の瞬間だった。

 がぶっと、ヴァルディレオンがビキニメイルのアリスに食らいつく。その光景に、敵も味方もぞっとした。


 これ、乗り方変えてもらおう。


 コックピットに移動しながらアリスは、場の空気を読んでそう思う。


「ニッチ、サッチ、俺は大丈夫だ、安心してくれ」


 コックピットに到着したアリスが外部拡声器で言う。ニッチとサッチはほっと胸を撫で下ろした。


「驚かしやがって」

「共食いかと思ったぞ」


 ニッチとサッチの音声をコックピット内で、外部集音機から聞きながら「まったくだ」とピェンチは呟く。まだ心臓がドキドキしていた。


 怒りのせいか、アリスのヴァルディレオン搭乗に驚かなかったメイアイラが言った。


「良いもの持ってるじゃないか、アリス。悪いけど、私の敵討ちに付き合ってもらうよ!」


「任せろ!」


 アリスはグッガ・ダンパの腕を押さえるマッターンにヴァルディレオンを体当たりさせる。ぶつかり合う金属音が響き、堪らず、マッターンはグッガ・ダンパの腕を離した。


 対峙する六体のモーターマシン。


「三対三とは、面白くなってきましたな!」


 ピェンチがそう言ったとき、上空に雲で描かれた魔法陣が出現する。その雲を風でかき消すように出現したのは、ドロシーのヴァルディスカイであった。

 アリスはコックピットの中、ヴァルディスカイを見上げる。

 そのアリスの前のモニターで、「僕が呼んだんだよ」と、褒めて欲しそうなブレーメンが映る。


 嫌な予感がする。


 アリスは思う。


 前回はこの後――。


 咄嗟にアリスは、ワイバーンとその近くにいるニッチとサッチに覆い被さるようにヴァルディランナーを蹴とばし、ヴァルディレオンをグッガ・ダンパに覆い被せた。


「私も来ましたよー」


 間の抜けたドロシーの言葉の直後、ひゅるるるるるると不穏な音が上空から鳴り響く。やっぱり当たっちゃいけない形をしたミサイルが大量にばら撒かれ、右往左往するマッターンとゴム毬付きモーターマシン。ミサイルはさらに小型のミサイルに分離すると、地獄の土砂降りのように降り注いだ。


「おぐおあーっ!」


 潰した蛙のような(イメージ)悲鳴を上げるピェンチ。空爆が収まるとそこには、もうガラクタのようになった二体のマッターンと、良く耐えたなって感じのゴム毬モーターマシンが残った。


 あ、ヴァルディレオンとヴァルディランナーは無事です。その下の者たちも。


「だから良いってもんじゃねえ!」


 アリス、急にキレた。


「ドロシーさん! その登場空爆禁止!」

「あら、良いじゃない。面倒が減って」

「死ぬ! 巻き込まれて人が死ぬ!」

「死ななかったでしょう? って、何どさくさに紛れて女に覆い被さってるのよ!」


 確かに、ヴァルディレオン(俺)はグッガ・ダンパ(メイア)に覆い被さっている。でもこの絵面見てそれを想像出来るのか?

 ってゆーか良くグッガ・ダンパにメイアが乗ってるって気が付けるな。恐るべしドロシーさんセンサー。


「ずいぶん強烈なお仲間がいたんだね」


 メイアイラがグッガ・ダンパを起こしながら言う。


「うん。ごめんね、怪我しなかった?」

「大丈夫。アリスが庇ってくれたからね。今日は二回も庇われちゃったな」

「メイアのことなら何度でも庇うよ」

「ふふ。嬉しいねえ」


「はい、そこっ!!」ドロシーの声が響く。「良い感じの空気作らない!」


 言われて気が付いて、40近いおっさんは照れた。


「そうだ、ニッチとサッチは無事か!?」


 アリスはモニターでヴァルディランナーのほうを確認する。そこには、ヴァルディランナーの下から出て来たニッチとサッチがこちらに手を振っている。


「二人とも、良かった。どうやらワイバーンも無事みたいだな」


 立ち上がったヴァルディランナーの下には、綺麗なままのワイバーンが横たわっていた。ヴァルディランナーは一頭が怒った顔をして、一頭が参ったような顔をしている。


「ごめんね、ヴァルディランナー」

「アリスちゃん、僕は?」


 モニター越しにアピールしてくるブレーメンを、さらっとアリスは無視した。


「さあ! ブラックヘヴラー! 残りはお前だけだ!」

「良くも不意をついてくれたな!」


「僕は? 僕は?」と自分を指差していたブレーメンが、諦めたようにため息をつく。


「数々の悪事、冒険者たちへの非道、許さんぞ」

「はっ! 許さんならどうする?」


 諦めたようにため息をついたブレーメンだったが、ほっこりと笑う。


 ブレーメンは思う。


「でも分かっているよアリスちゃん、君は本当はすごく優しい子だってこと。君のそのつれない態度は、本当は信頼の証。それに僕のこと、無視することできっと喜ぶと思っているんだね。ああ、可愛いなあ」


 思ったそばから声に出る。


「うるせえ!!」


 モニターを蹴り、踏みにじるアリス。ピェンチは突然のアリスの豹変にビビり、ブレーメンはアリスからのベストな反応に心潤し喜ぶのであった。

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