30.激闘。

「良いかい。私が合図を出すから、そうしたらワイバーンの翼の付け根を狙うんだよ!」

「分かった!」


 メイアイラの言葉に、アリスは答える。

 急に飛び込んできた大役だ。緊張するなってほうが無理だな。

 そう思いながらもアリスは、外観がドイツ製の大型拳銃である魔銃を構える。

 オートマチックとビキニメイル、そして美少女。好きな人には堪らないだろうビジュアルがここに揃った。


 そんなことはお構いなしに、メイアイラは巧みにハンドルを操作して、オートジャイロをワイバーンの後方に着ける。


 一番、狙いやすい位置になった。


「今だ!」


 メイアイラの合図で、アリスは引き金を絞った。反動で上に跳ねる銃身の先端。魔力で構築された空薬莢は、地面に落ちることなく空中で溶けていく。

 唸りを上げた銃弾は、鋭角に角度を変えながら、ワイバーンの翼の付け根に迫る。


 ズサッ!


 それは、翼の付け根を撃ち抜いた。


 グググオオオ。


 悲痛な声を上げたワイバーンの体が傾く。自由を失った左の翼は垂れ下がり、右の翼だけでは次第に飛ぶ力を失い、ワイバーンはゆっくりと落下していく。


「良し! ポイントもばっちりだ!」


 ワイバーンはグッガ・ダンパの待ち構えているポイントへ降り立った。

 地表では、ブレーメンがワイバーンを待ち構える。


「さあ、僕の見せ場だね」


 ワイバーンは大空を飛ぶ力こそ失ったが、まだ低く浮くくらいなら出来る。ワイバーンは低く浮くと、両足を器用に使い、左右連続してパンチのようにブレーメンめがけて放った。鋭い爪にかすっただけで大怪我ものの攻撃だったが、ブレーメンは細身の光剣を巧みに扱い、流れるようにその鋭い爪を躱す。


「飛べないワイバーンに後れを取る僕じゃあないよ!」


 格好良く決め台詞をはいたブレーメンだったが、その直後に後れを取る。両脚パンチを繰り出すワイバーンの尻尾が、その意思とは無縁に動いたひと薙ぎが、見事にブレーメンの隙をつき、彼を横殴りに吹っ飛ばす。


 ブレーメン、退場。


 だが、その間抜けな一幕のおかげで、メイアイラたちのオートジャイロは無事に着地することが出来た。

 ニッチはパイルバンカーを構え、サッチは両のガントレットを打ち鳴らす。


「メイアは急いでグッガ・ダンパへ!」


 ニッチがワイバーンに向かいながら叫ぶ。

 メイアは頷くと走った。グッガ・ダンパまでの距離50メートル。ワイバーンの注意はニッチとサッチが引いてくれている。


 だが、予想外のことが起きた。ワイバーンは向かってくるニッチとサッチではなく、メイアイラのほうに攻撃を放った。


 その両脚に、それぞれ、ニッチのパイルバンカーの一撃とサッチのローリングソバットを受けながらも、ワイバーンは尻尾の一撃をメイアイラへと振るった。


「エンチャント・ディフェンス!」


 防御に魔法をかける呪文を詠唱しながらアリスは、尻尾とメイアイラの間に入る。尻尾の一撃をまともに受けたアリスは飛ばされ、メイアイラにぶつかったが、メイアイラへのダメージは尻尾の一撃よりだいぶ軽かった。アリスを抱き留めるような形で、メイアイラは言う。


「助かったよ。大丈夫かい?」

「魔法で防いだからね。全然平気さ」


 微笑み合うアリスとメイアイラ。だが、危機はまだ去っていなかった。体制の崩れている二人に向かって、ワイバーンはブレスを吐いたのだ。


 ロドリゲス。


 メイアイラは思った。


 あんたがいないってだけで、こうもツキと連携が巧くいかないもんかね。


 アドレナリンのせいなのか、世界がゆっくりに感じる。


 ちくしょう。


 アリスは思った。


 スキルの回復がある俺は良いとして、メイアはそうはいかない。何とか、何とかしなくちゃ!


 せめて、メイアイラの顔だけでも。そう思ってメイアイラを抱き、炎に背をむけるアリス。その背中を、ワイバーンのブレスは焼くはずだった。


「えっ?」


 背中が、熱くもなんともない。

 だが、煮えたぎる炎は確かにアリスたちを包んでいた。怪訝そうに周りを見たアリスは、発光して球体の防御壁を構築しているビキニメイルとマントを確認した。ワイバーンの炎は、その球体の外だけを焦がしていた。


 ビキニメイルすげえ!


「ははっ」と、アリスとメイアイラは笑いあう。


「そんなにすごい性能だとは知らなかったよ。私も今度から着ようかね」

「それが良い。着たらぜひ教えてくれよ」


 軽口を叩く二人。


 向こうでは、サッチが地面を抉る勢いで踏み込み、本人が2メートル以上も急上昇する強烈なアッパーをワイバーンの顎に食らわせた。

 顎を跳ね上げられ、ブレスも止まるワイバーン。

 それを確認しながら、ニッチは叫んだ。


「大丈夫か!? 二人とも!!」


 ワイバーンの焼いた大地は、草も残ってはいない。だがその中心だけ、アリスとメイアイラの所だけ、円形に草が残り、その上にいる二人は無事そのものだった。

 事情は分からないが、とにかく二人の無事を確認したニッチは、ワイバーンに向き直ると渾身の突きをワイバーンの腹に叩き込んだ。

 同時に、パイルバンカーの杭が堅い皮膚に撃ち込まれ、パイルバンカーを打ち込むために炸裂した火薬の空薬莢が排出される。

 空薬莢が地面に落ちるころにはもう、メイアイラはグッガ・ダンパに辿り着いていた。


「さあ! 今度はこっちの番だよ!」


 魔鉱石と魔鉱砂を燃やして、魔力を伴う水がモーターマシンの中を駆け巡る。蒸気を噴き出しながら、グッガ・ダンパが動き出した!


「おらあ!」


 メイアイラの雄たけびと共に、グッガ・ダンパはワイバーンに迫る。

 その巨体に驚いたワイバーンは火球を放つが、グッガ・ダンパの装甲を焦がすことは出来ても、その動きを止めることは出来ない。


 ワイバーンに勢いよく突進したグッガ・ダンパは、強烈なストレートパンチをワイバーンの顔面に炸裂させた。

 あまりの衝撃に、よろけるワイバーン。しかし、よろけながらも、風切る尻尾の一撃をグッガ・ダンパに見舞う。

 グッガ・ダンパはガッチリと尻尾を受け止め、その尻尾を起点にワイバーンを回し出した。

 始めは地面を引きずられていたワイバーンだったが、次第に遠心力で浮き、グッガ・ダンパを中心にぐるぐると回される。


 ワイバーンの頭部がぼこぼこと、周りの大木に打ち付けられた。最後にぶん投げられたワイバーンは、最早上手く起き上がることすら出来ずに、地面を足の爪で削った。


「とどめを!」


 メイアイラの声に、ニッチが長い槍をオートジャイロから取り出す。


「悪く思うなよ」


 そう言ってニッチは、ワイバーンのこめかみに槍を突き刺す。槍を刺されたワイバーンは小さく首を持ち上げ、音にならない微かな咆哮を上げた後、地面に顎を落としてそれきり動かなくなった。

 アリスはその光景を見ながら、ニッチのやった行動が最善の策なのだろうと思った。


 一番苦しまない、やり方なのだろうと。


 ともあれ。


 アリスはじわじわと湧いてくる実感にうずうずした。


「ワイバーン倒した!」


 両手を振り上げて喜ぶアリスに、ニッチとサッチは微笑む。グッガ・ダンパのコックピットハッチを開けて、姿をみせたメイアイラも、喜ぶアリスに微笑んだ。


 すげえ! ゲームの中だけのことだと思っていたのに。ほとんどお手伝いだったけど、良いもの見れた!


「良くやった」

 サッチが肩を叩いてくる。


「大したもんだ」

 ニッチは親指を立てている。


「俺、ほとんど何にもしてないよ」


 そう言った俺に、メイアイラは笑った。


「爆雷の投下もばっちり。魔銃の狙いも完璧。それにさっき、アリスが守ってくれなかったら今頃私はちりちり頭だったよ。ありがとう」


 照れるアリスを、「ひゅーひゅー」とニッチとサッチは茶化す。


 あれ? そういえばブレーメンの奴はどこに行った?


 きょろきょろ辺りを見渡したアリスの視界に、それは投げ込まれた。


 ドサッ。


 地面に乱雑に、投げ捨てられるブレーメン。


「向こうに、引っかかってましたよ」


 そう言って現れた、ガマガエルみたいな太った男に、俺は嫌悪感しか感じなかった。

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