29.ワイバーン狩り。

 村外れの空は、ワイバーンの吐く炎のブレスで赤く染まっていた。この村を守る透明な結界の障壁によって、炎は完全に遮断されているが、焼ける空は、見ていて気分の良いものではなかった。


 斧や盾を装備したドワーフたちが、焼ける空を見上げている。


 ワイバーンの下方にある住宅から、ドワーフの親子が出てくる。

 母親らしき女性は、泣き叫ぶ乳飲み子を抱き、小さい子供の手を引いている。集まったドワーフの一人が、小さい子供を抱きかかえた。


「おうち、燃えちゃうの?」


 子供が聞く。


「結界があるから大丈夫だ。それに——」

「それに?」

「きっと冒険者が守ってくれる」





「結界の扉を開く時間は五秒! 五秒で村の外に出て、グッガ・ダンパからオートジャイロを展開!」


 メイアイラが叫ぶ。


「「おう!」」


 ニッチとサッチが答える。

 ここはワイバーンから少し離れた所で、でも焼ける空が見える場所だった。

 両開きの扉みたいになっている結界の出入り口の前に、グッガ・ダンパとアリスたちはスタンバイした。


「頼んだぞ、冒険者」


 斧を持ったドワーフがアリスに声を掛けた。つい先日まで、スーツを着て会社に通っていたアリスは、思わずなんて返していいか言葉に詰まる。


 ワイバーン狩りなんて初めてだからだ。


 そんなアリスの心境を知ってか、メイアイラは言った。


「任せろって言えば良いんだよ」


 アリスなら出来る。


 その意味も込めてメイアイラは言った。アリスは頷くと、ドワーフに向き直って言った。


「任せろ」


 アリスの言葉に、ドワーフは髭の間から白い歯を見せてニカッと笑った。


「よろしく頼むぞ、ビキニメイルの似合うねーちゃん」


 言われてアリスの顔が真っ赤になり、体を隠すようにマントを閉じる。


「帰ってきたら、美味しいもの用意しとけよ」


 少し、緊張していたアリスが、良い感じにほぐれたねと、メイアイラは微笑む。そしてその微笑みは、鋭い眼差しに変わると言った。


「さあ、門を開けておくれ。グッガ・ダンパ! 出るよ!」


 ドワーフたちが扉を開く。巨大な透明の扉は、透明なのに重たそうで、何人ものドワーフたちが引いて開いた。一番開いたところで、グッガ・ダンパはアリスたちを乗せて、結界の外に飛び出した。


 すぐに閉まり始めた結界の扉を見ながら、アリスは後戻りできないことを実感する。


 メイアイラたちはすぐに行動に移った。


 グッガ・ダンパから飛び降りながら、メイアイラは指示を出す。


「ブレーメンはグッガ・ダンパに乗って合流ポイントへ。ポイントには自動操縦で行けるから、安心しな。アリス! あんたは私と一緒に、オートジャイロで空の旅だ!」


 メイアイラが言ってる間にも、ニッチとサッチは手慣れた行動でグッガ・ダンパから下した折り畳まれたオートジャイロを展開する。

 バイクにも似た小型のヘリが、どんどん形になって行く。

 あまりの手際の良さにアリスは感心したが、感心している暇などなかった。


 ズシンズシンと地響きを共に動き出すグッガ・ダンパ。


 もう飛ぶばかりの状態になったオートジャイロに、乗り込むニッチとサッチ。


「あんたはこっちだよ」


 バイクみたいな座席の後ろに、乗せられるアリス。前の座席にはもちろん、メイアイラがバイクに乗るみたいに座った。

 メイアイラがエンジンを点火すると、魔鉱石と魔鉱砂が熱く燃えた。アリスの後部にある機械が、蒸気を発しながらプロペラを回すと、車輪の付いた着陸脚が地面から離れた。


 空を飛んだことはある。

 飛行機に乗ってだけど。


 初めて飛行機で空を飛んだときの興奮を、アリスは覚えていた。そして今、そのとき以上の興奮を感じる。


 思った以上の速度で上昇し、加速するオートジャイロ。アリスの長い髪が風に流れた。


 先を行くニッチとサッチのオートジャイロの向こうに、赤々と広がる焼けた空。そこにいる全長15メートルの、オレンジ色の皮膚を持った巨獣に、アリスの心臓はドクンと鳴った。


 ワイバーン。


 今、俺の瞳に映ってるのは、VRでも夢でもない。

 アリスは本物のワイバーンの質量に恐怖した。だがそれ以上に、本物の迫力に興奮した。


 俺、ビキニメイルを着てワイバーンと戦う!


 数日前までは予想もしなかった光景が、今広がっていた。

 結界に取りつき、村のほうに向かって炎のブレスを吐くワイバーンの上空を、三機のオートジャイロが旋回する。

 村は結界で無事だが、決して気持ちの良い絵面じゃない。


 ワイバーンのブレスで、大気が焦げる臭いがした。


 少し斜めになりながら旋回するオートジャイロの上で、アリスはその臭いを嗅いだ。


「注意を引くよ」


 メイアイラはそう言うと、先端に見るからに爆弾を付けた投げ槍を手にする。別のオートジャイロの上では、ニッチとサッチが投げ槍を下向きに構えた。


「行けっ!」


 メイアイラが投げ槍をワイバーンに放ると、ほとんど同時にニッチとサッチが投げ槍を放る。三本の投げ槍は、間を開けずに連続してワイバーンの背中に刺さった。


「弾けろ!」


 槍が刺さるのと、メイアイラの声が重なった。

 刺さった槍の先端に付けられた小型の爆弾が爆発する。

 その爆発でワイバーンはよろけたが、もちろん致命傷なんかじゃない。だが、その爆発で、ワイバーンの意識は完全にこちらに向いた。


 鎌首を持ち上げるワイバーン。


 焦げた煙のくすぶる口元を一度閉じると、再び勢い良く開き、大気を震わせる咆哮を上げた。


 ゴオオオオオオオオ!


 ビリビリと、アリスは耳の奥までその振動を感じた。

 三機のオートジャイロは、メイアイラとニッチを前衛に、サッチを後衛に配してその場から移動する。ワイバーンは巨大な翼を優雅に上下させると、飛び上がり、サッチのオートジャイロを追ってきた。


 ワイバーンの動きを、後ろを振り返って見るアリス。いつもよりすーすーするビキニメイルのことなんて、すっかり忘れていた。


 同じく、ワイバーンの動きをバックミラーで確認するメイアイラ。思い通りワイバーンがオートジャイロを追ってきた姿に、思わず口元に笑みがこぼれる。


 と、ワイバーンの放って来た火球が、三機のオートジャイロへ向かって飛来する。三機のオートジャイロはそれをひらりと躱し、そのままメイアイラとニッチのオートジャイロは散開する。

 サッチのオートジャイロをワイバーンが追い、メイアイラとニッチのオートジャイロがワイバーンの上空に回った。


 さらにひと吐きされる火球。避けるサッチ。だがそのサッチのオートジャイロから、煙が出た。


「サッチが!」


 アリスは思わず声を上げた。


「大丈夫だ」メイアイラが答える。「わざとだよ」


 事実、サッチのオートジャイロの挙動におかしなところは見受けない。だが、アリスの目には、サッチのオートジャイロに、ワイバーンが目標を定めたような感じがした。


「狩りの基本は弱ってるやつから。おかしいね、奴ら、オートジャイロの煙を弱ってるって判断するのさ、機械なのにね」


 メイアイラの言葉を、ワイバーンの心境を、何だかアリスは理解できる気がした。

 本能が、そう思わせるのだろう。


「次、行くよ?」


 メイアイラはアリスに言う。


「三番のレバーを引いて」


 言われてアリスは、自分の目の前にあるレバーにきょろきょろと視線を泳がせた。


 これか!


 三の数字を見つけ、勢い良く引いた。

 ガシャン!と機体の後部が開き、中からぼたぼたと小型の樽のような物が落ちていく。

 見れば、少しだけ先にニッチのオートジャイロから投下されたそれが、ワイバーンの背中や翼に当たって爆ぜる。少しだけ遅れて、アリスが投下した爆雷も、夜空に花を咲かせた。


 ググゥ。


 ワイバーンが、身をよじらせて声を発する。


 苦しそうだ。


 アリスがその声にそう感じていると、メイアイラが、「効いているね」と言った。


「アリス!」


 続けて、メイアイラは言った。


「今回は珍しくも魔銃奏者さまがいると来た。ここは一つ、お手並み拝見と行こうかねえ!」


 メイアイラの発言にアリスは、ごくりと唾を飲み込んだ。

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