28.ビキニメイル!!
翌日。アリスは昨日手に入れた素材をさばくべく、街に出たメイアイラたち三人についてきた。
「昨日はありがとう」
アリスの耳元でメイアイラが囁く。
「えっ?」と聞き返すアリスにメイアイラは言った。
「布団かけてくれたろう?」
「あ、うん」
「どうも私は酒が入るとあの調子でね」
「良いよ、気にしないでくれ」
「うふふ」と笑ってメイアイラはアリスの首に手を回し、引き寄せる。「どうだい?今夜こそ昨日の続きをするかい?」
「ええっ!?」
驚いて目が泳ぐアリスを、けらけらとメイアイラは笑った。
「冗談だよ」
「もーっ。人が悪いな」
「まあ、冗談じゃなくても悪くないけどね」
顔を真っ赤にして言葉に詰まるアリスから、メイアイラはすっと離れた。
「さあ!素材の値段交渉だよ!ニッチ、サッチ、準備は良いね!」
「「おう」」
40近いおっさんのうぶなハートは沸騰寸前だったが、何とか気を取り直して三人を追うアリスだった。
○
ここにも、マッターンの足跡が。奴ら、ずいぶん好き勝手にやってるじゃないか。
地面を見ながら思う、美青年。一瞬、誰だか分からないが、良く見ればブレーメンである。変態的なこともコント的なこともやっていない彼は、ただひたすらに美形な、甘いマスクの青年であった。
駆逐しなければならないな。
そのとき、ブレーメンの様子を伺いながら、一頭のバイコーンが忍びよる。
バイコーンはそれほどたくさんいる種類ではない。だからこうして、二日続けてバイコーンに噛みつかれたりしたら、なかなかの珍事だ。
忍び寄るバイコーンが、大きく口を開けて、ブレーメンの背後を取った。
ザシュ。
しかし、バイコーンの顎はブレーメンの頭蓋に噛みつくことはなかった。彼の持つ、魔力を光の刀身に変えたレイピアが、バイコーンの顎の下から上方へ貫き、頭部に達していたからだ。
すっとブレーメンがレイピアを引き抜くと、最早、命を失ったバイコーンは「どう」と倒れた。
「やれやれ、二日続けてはごめんだよ」
○
素材はメイアイラたちの予想より大分、高値で取引された。むしろ、あんまり高額すぎて、メイアイラたちが値段を吊り下げる程だった。
高値で捌けたことに喜んでもいられない。
理由は、ブラックヘヴラーによる素材の横取りが原因での価格高騰だったからだ。
アリスは、ワイバーン狩りはもちろんのこと、冒険者の邪魔をするブラックヘヴラーの討伐にも闘志を燃やすのであった。
午後からは、アリスはメイアイラたちと一緒に、北ビキニ村のドワーフたちの素材採取の護衛をすることになった。合流したブレーメンが持って来たバイコーンの部位に、皆は素直に感心した。
「二日続けてとは」
「大したもんだ」
ニッチとサッチがそう言う前でブレーメンは、不意に現れた大きな影に横から撥ね飛ばされる。
大イノシシだ。
ドワーフたちは今日の獲物が自らやって来てくれたことに歓喜した。
さらには落下するブレーメンを撥ね飛ばさんとする新たな大イノシシ出現。
ドワーフたちは再び歓喜した。
どうやらブレーメンは、異常なくらい大イノシシを呼び寄せやすく、大イノシシのテリトリーに入ったが最後、入れ食い状態だった。村のドワーフたちが、狩り用に餌として欲しいと言い出すくらいに、彼は良く呼び良く撥ねられた。
順調に狩りは進み、一行は予想以上の素材の収穫と食材の調達に喜びながら帰路に就いた。
そこで、事件は起きた。
一行が対峙したのはスライム。この世界のスライムはあまり強くないが大きい。剣や銃はあまり効果がないので、炎系の魔法やたいまつで焼いて倒す。
アリスも皆にならい、たいまつでスライムを焼いていたときのことだった。
ぶちゃあ。
突然、スライムがその体の一部をアリスにぶっかけた。
通常、冒険者たちや狩りをする者の服装は、化繊以外を主とするものが多くつかわれる。その理由の一つが、割と良く遭遇するスライムだ。
こいつらの体と来たら、皮膚や髪の毛、その他の器官にはほとんど影響がないが、何故だか化繊を溶かす。
アリスの服は化繊だった。
「ぎゃあーっ!」
悲鳴を上げるアリス。じゅうじゅう溶けるアリスの服。しかもタチが悪いことにあまり溶かす力も強くないため、服の表面は溶けるが無くなるほども溶けず、残念ながらあまりエロくもない。
皆がざぶざぶに水をぶっかけた後には、着れないこともないが着ることをはばかられるぼろ服を着た、びしょ濡れのアリスが出来た。
「うあーっ。最悪だよう」
外見が女の子なのを良いことに、女の子みたいな悪態をつくアリス。
だが災難は、村に戻ってからも続いた。
「着る服がない!?」
アリスの体形に合った服はこの村では需要が無く、ホテルのパジャマくらいしかないのだ。ある、一つの例外を除いては。
「まさか、俺がこれを着る日が来ようとは——」
程よく胸を寄せては上げてくれる絶妙な形のトップスは、アリスのあまり豊かではない胸でも綺麗な谷間を演出してくれる。完全にお尻を隠しきらない腰アーマーは、両サイドにアクセントとしてぶら下がるミニスカートの横だけみたいな布で可愛らしさを演出する。
アリスが夢に見たビキニメイルを、アリスは着用していた。
出来れば、着る側ではなく見る側になりたかった!
付属品の肩アーマー、膝までのブーツ、マントが、あなたの素敵なビキニメイルライフを演出します。
これだけ付いて、今ならたったの10万ビニー(1ビニー=1円)!
ビキニメイルの産地、北ビキニ村だから出来るご奉仕価格ですね!
お支払いは、モグラザカ博士から預けられた電子マネーで余裕で出来た。
ステータスのすべての数値にボーナス+8。常にエンチャント・ウォームかエンチャント・クールで体温の調整はばっちり! ちょっとした魔法効果付きのプレートメイルを凌ぐ防御力!
すごいよ。すごい機能性だよビキニメイル。
さっきからずっと、ブレーメンは飛び跳ねて喜んでいる。
ちくしょう。
喜ぶブレーメンに不快なアリスに、ニッチは言った。
「似合ってるぞ、アリス」
言われてアリスは、嬉しいような、やっぱり恥ずかしいような、複雑な表情でニッチを見上げる。そんなアリスの首にふんわりと、ニッチはネックレスを着けた。
「これって——」
アリスは先端のルビーを手で持つ。
「昨日のゴーレムから出てきたやつだ。約束通りお前にやろう。洗浄も教会での浄化も済ませたし、どうやら持ち主が食われて死んだ訳でもないらしい。教会の奴らが見て言っていたから、間違いないだろう。安心して使え」
「ありがとう!」
喜ぶアリスを見ていたメイアイラが、「ふふっ」と笑う。
「ちょっと前までおっさんだったのに、今じゃビキニメイルを着て、大男から首にネックレスを着けてもらってる。分からないものだねえ、生きるってのは」
「まったくだ」
アリスはメイアイラに向かって笑った。丁度その、タイミングだった。
村に響き渡るサイレンの音。
その響きに、メイアイラとニッチの表情が変わる。真剣そのものに。
同じく真剣な顔で、サッチも椅子から立ち上がった。
「メイア!」
駆けつけたドワーフが叫ぶ。
「ワイバーンが出た!」
しかもワイバーンまで出て来た。分からないものだね、生きるってのはと、俺はメイアの言葉に付け足した。
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